| 悪化の一途をたどる地球環境。世界的規模で自然が急速に失われていく現実は、自然への愛惜を極限にまで昂揚させる。さまざまな動植物を対象にする自然崇拝となって発現したその想念は、皮肉にも反自然的存在を生ぜしめることになった。
それは自然崇拝の一つ、鳥類を神として崇める信仰の熱狂的な信者が、己の持つ技術と才能を駆使してつくりあげた。遺伝子工学を専門としていたその女性技師――NASAの推進していた火星移住計画に付随する遺伝子レベルでの人体改造計画の中心人物――は、神との合一を希求するあまり自らの遺伝子を改造し、己の背中に翼を生やす。
彼女が教祖になると、現人神を得たその信仰は隆盛をきわめた。彼女は次々と改造を行い、信者の中に同じ者たちを生み出していく。
しかし、いくら高度に発展したバイオテクノロジーを以てしても、遺伝子の改造は困難をきわめた。そこで教団ではすでに改造を受けた者たちに対し、自らも含めて積極的な生物学的手法での個体増加を進めた。
こうして今までにない、翼を持つ人間が世に現れ出でる。
彼らのことを呼びあらわす言葉には色々あった。
『改造遺伝子人間』、『異種遺伝子保持者』、『有翼人種』など。
が一般には、ただ『はねびと』と呼ばれることが多かった。その『はねびと』たちは世界規模で熱狂的に支持されるその宗教の下、世界中に広がっていく。
そこへ転機が訪れた。
『はねびと』事例の植物、微生物、ウィルスなどへの応用研究の結果、環境回復の可能性が示唆されたことで、失われていく自然に対する危機感を根底としていた絶対自然主義が覆ったのだ。これらの信仰は瞬く間に人々の支持を失い、あれほどもてはやされた『はねびと』は一転して世界中から反発を受けた。教祖となった女性技師の急死もあって教団は混乱の中で自壊し、多分に宗教的要素の強かった彼ら『はねびと』の行く先は宗教的要素の希薄な地にならざるを得ず、半ば追われるように日本へとやって来た。
日本国政府は当初積極的に彼らを迎え入れる。が、『はねびと』への反発がもっとも激しかったヨーロッパ連邦からの強固な圧力により彼らの締結した「改造遺伝子拡散防止条約」を批准、『はねびと』の隔離および断種政策展開を余儀なくされた。しかしその骨子たる「異種遺伝子保持者救済法」制定後、国内の『はねびと』たちの相次ぐ自殺が報道されると、同様の事態に直面していたアメリカから『はねびと』の保護と救済とを求める動きがNGOを中心に展開され、やがて全世界へ波及していく。
もともと『はねびと』への支持が強かった日本では、アメリカにおける『はねびと』保護運動がNGOから連邦政府レベルへと発展した時点で「異種遺伝子保持者救済法」を廃止、さらに加盟国中もっとも早く「改造遺伝子拡散防止条約」からの脱退を宣言した。
こうした風潮の中、NGO・アメリカ・日本の三者に加え、国連からも圧力を受けることになったヨーロッパ連邦は「改造遺伝子拡散防止条約」を破棄、これに続いて発表された『はねびと』の基本的人権を保証するバチカン宣言によって、ようやく『はねびと』は政治的平等と平穏とを勝ち取る。
……偏見と差別とを除いて。
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