皇天順ならず(高汝蓮)第9話

官僚が告げる。
「欄子軍(偵察)の兵です」
兵が殿庭に入り、右足を跪ける。
「宋軍が界に入りました……」
「南朝は降を納れなかったようだな」
クリブが諸将・諸大臣を顧みる。
「つづけよ」
「日に三十里だけ行って住【とどま】り、すぐ寨【さい】(とりで)を立て濠塹を開き、ほとんど暁に至って、また行くようです……」
クリブが笑う。
「三十里ごとにか? よし、兵を出して撓【みだ】してやろう。リンヤ!」
「……その餉道【しょうどう】(糧道)を先に絶ちましょう」
河に臨んで先鋒が相接した。
遼軍は槍営塹柵の備えを設けていない。
水のながれは激しい。
兵らは浅深を候って、小橋を置き、渡っていた。
クリブが言う。
「動かない!」
将の一人が告げる。
「もう四日です。我らを懾【おそ】れているのでしょう」
「正兵十万だぞ。我らは二万に満たない」
「欄子馬からの報は?」
「ありません」
「ジュルチェンも天祚も動いていないようだな」
「燕京は?」
「精兵三千を留めている。何かあれば……」
そこへ銀牌を掲げた騎卒が至る。
クリブらは皆跪き両手を右肩に着けた。
騎卒が報じる
「皇太后から大王を召すよう遣わされました」
「?」
「質明、郭薬師らが守者を殺して迎春門を奪い、憫忠寺に陳【つらな】っています」
「何!? 主上は? 皇太后は?」
「内門を閉め、敵を拒んでいます」
「リンヤ、西南路軍から兵を選び、瀘溝河(永定河)に残してくれ」
「諾! ジャラーブ都監。卿の兵を以て、いま対塁している敵中の虚実を料り、動いたならば必ず先鋒に飛報(急報)せよ」
皆競って戦馬に乗り、騎を列して隊を為し、先に一隊が馬を走らせ、諸隊が斉進した。
クリブとタイシらは中途で、遁れてきた者らに遇う。
彼らは報じた。
「宋軍は七将官を分遣して燕京の七門を把【と】り、各、将二人を差【つかわ】して騎二百で守らせています」
「漢人が雉【ち】(かきね)に登りキタン・奚などの家を指摘している」
「殺戮万計、通衢に流血!」
「宋軍は紀律を無くし、飲酒して財物を攘奪している」
城外に塵が起こる。
城門を去ること百余歩。
クリブが言った。
「永安陵に我らの旗幟を立てよ。南暗門から入り、内から諸門を啓いて、鉄騎を突出させる」
タイシが告げる。
「我らは皇城へ」
クリブは頷いた。
皆、門をくぐり、右へ行く。
タイシは直進し、廨舎を過ぎ、ふたたび城にあたる。
城上から声。
「タイシ=リンヤ?」
「虞参政。主上と皇太后は?」
「宣和門に登っている」
タイシらは、また右へ進み、角から左へ向かう。
宋兵らが門に抵たっていた。
タイシが至り、その馬上の将を見る。
「郭薬師!」
タイシらが騎射した。
薬師は馬を失う。
別の将が追う者を拒み、薬師は免れることを獲た。
門が啓き、生兵が出撃する。
宋兵は去った。
タイシとオリラは馬を下り、宣和門に登る。
諸大臣が迎えた。
皇太后は親【みずか】ら箭鏃を施している。
タブエンは箭の束を抱えていた。
幼帝は侍女・侍従らに囲まれている。
タイシらは皇太后の前で跪く。
皇太后が微笑した。
「労させます。……郭薬師は人を遣わして、早く降るべきだと、諭しにきましたよ。しかし聞くところによると、宋軍と漢人は内応、巷陌に所在してキタンを斉殺し、財物を劫掠しているそうです。さいわいに燕京城中のキタン・奚兵は尚おおく、皆、死戦を効【つく】しています」
虞仲文がいう。
「皆、市で戦っているようだ」
「我らも向かいます」
タイシらは立ちあがり、鞠窮して辞した。
「功を競え!」
遼兵がさけぶ。
巷戦に因って殺傷は相当であった。
宋軍は少しずつ却【しりぞ】く。
「遂に双門楼下に至り、騎していたものは皆下馬しています」
「宋兵・漢人らは憫忠寺の前に至っています」
兵が報じた。
クリブがいう。
「援兵を待っているのか?」
しかし宋軍は再戦してきた。郭薬師もまた回って戦う。
宋軍は不利となって遂に馬を棄て、城に縋【すが】って登る。
遼軍は、ますます熾【さかん】。
宋軍は窮迫し、郭薬師が先になって城を下りた。
遼軍は棄てられた甲を収め、残軍を捕殺する。
「追襲しないほうがいいでしょう」
タイシが告げる。
「瀘溝河の宋軍が援兵を遣わしているとかありますので」
諸将が城外に出た。
濠が尸で填【うず】まっている。
「馬五千・甲四千を獲ました」
「敵数百騎、遁れたようです」
兵が報じた。
クリブが轡を並べる。
「敵の後軍は来なかったな、リンヤ」
「郭薬師を逃しました」
「……あれは、どうやって入ったのだ?」
「草車」
「はあ?」
「毎旦に草車が無数に入ります。車が入るとき門を開くのを伺って、これを襲ったのでしょう」
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