皇天順ならず(高汝蓮)第8話

「戸口三十万にして、大内は壮麗。僧の居る仏寺は北方に冠たり。城北に市が有り、陸海の百貨は、その中に聚【あつま】る。錦繍・組綺は天下に精絶、膏腴(肥沃な土地)であるために蔬・きのみ・果実・稲粱の類は、ことごとく出ないことなく、桑・やまぐわ・麻・麦・羊・豕・雉・兔は問わず知るべし。と言われていた燕京も寂しくなりつつある。ウイグルの商販も留居していたのに、去ってしまった」
タイシが周りを眺めながら話す。彼ら数人は街の中で、西瓜を食していた。
オリラが言う。
「この西瓜は、もともとウイグルから来たものでしょう?」
「太祖がウイグルを破ったとき、この種を得たらしい」
「牛糞を以て、棚を覆い、種つける、というのは、ほんとうですかね?」
「……」
食し終わって、再びオリラが言った。
「しかし、今、燕京の軍国事は、すべて越王に左右されています。主上は幼すぎるし、皇太后や大臣らは唯唯としている。張太師も、李処温が誅されたというのに、まだ鬱悒としています」
「……」
「……また、天祚皇帝を何と呼べば……。湘陰王・太上皇帝あるいは廃帝?」
タイシが語る。
「崩じていれば廟号を上る。しかし、生きているのではなあ。すなおに退位しないであろうし、幼帝を擁立した以上、その皇親を廃帝と為すのは良くないし、降ろしたままの湘陰王でも良くない。まあ、もとの帝号の天祚を使うしかあるまい」
燕京の城門。人馬の往来が激増した。兵馬の一隊や南軍の刀槍鞍馬を奪った者などが入り、荷を積んだ漢人らが出ていく。
兵馬は皇城に入った。数人の兵が宮殿に至る。そこに諸将相が立って待っていた。兵らが殿下の磚上に右足を跪けて、それぞれ報じる。
「燕人の境を越えて行く者は、皆、キタンに主なきを以て、ということです」
「宋が再び師を興しました」
「宋が兵を進め、広信(河北徐水西)に兵を留めています」
「宋兵が河を渡り、侵掠して俘獲すること甚だ衆【おお】くなりました」
クリブが言う。
「我らが燕に帰っている間に……。常勝軍や痩軍は何をしているのだ」
兵が顔を伏せ、告げる。
「牛欄軍がキタン軍を領し、郷社丁(不明)に会して、広信の界に出兵したところ、宋兵の迎戦によって、その鋒を摧【くだ】かれました。……また、易州などに散処している痩軍は、平民を侵掠すること甚だしく、主兵の官は、盗賊を縦【ほしいまま】にさせておいて問わず、後から来る、とのことです」
クリブが吼える。
「喝!」
大臣らは皆、相顧みて叫ぶ。
「何ということだ!」
「軍法を明らかにしなければ!」
「大遼の兵が宋の兵に敗れるとは!」
ほかの兵が上奏する。
「天祚は……」
虞仲文が皆を制し、言った。
「聞こう」
「天祚は親らジュルチェン軍に遇い、石輦駅(大同西北)において戦い、敗績。都統テモおよび、その姪(甥)サグ、そして梁宋国大長公主(宣宗のいとこ)が執らわれました。また、天祚は詳穏(将軍)アシボを召したところ、そのときに至らなかったため、貳心【にしん】(そむく心)を有するのを疑い、あわせて宣宗が招くところと為っていたのを怒って、かれを殺したということです」
クリブが言う。
「そういえば宣宗は、しばしば人を遣わし、書を以て、アシボ詳穏を来招していたな。惜しいことを。それに天祚は何を考えているのだ?」
兵が告げる。
「天祚は軍をカンダシンジャラ(不明)に会したところ、ジュルチェン兵の追いこみが急であったため、輜重を棄てて以って遁れたそうです」
「弱い……。タング節度は?」
「すでに病で卒しているとのことです。……マゴ都統は節度の代わりにテレイ部へ」
「ますます天祚は窮するなあ。早く退位してくれればいいのに」
「帰化州(河北宣化)がジュルチェンに降りました」
「遂に来たか」
虞仲文が言う。ほかの者は黙って、ため息をついた。兵は、さらに告げた。
「アクタは六部奚に『詔』しています」
「『詔』?」
クリブが笑う。
「何といってきた?」
ほかの兵が官僚に書をわたす。官僚が読む。
「“汝らは既に降っていたのに、また叛いて衆心を扇誘した。罪は赦されざるところに在る。尚、帰附して日の浅いのを以て、綏懐【すいかい】(やすんじる)の道いまだ孚【まこと】ならざるところ有るのを恐れているのであろうか? 故に復令招諭する。もし、よく早やかに降れば、まさに、その罪を釈す”とあります」
クリブは、さらに大笑いした。
「アクタは何処まで来ている?」
クリブが聞くと、兵が答えた。
「鴛鴦泊(河北赤城北?)から大魚泊(河北張北北西?)、石輦駅から居延(内蒙古烏拉特前旗内)に次したそうです」
「また、燕京を通り越したな。……よし。とりあえず、我は宋軍に備えて、常勝軍の営に行こうと思う。リンヤは牛欄軍を領してくれないか。諸将・諸大臣がた、皇太后殿下?」
皆、頷いた。
そこへ再び兵が入り、報じる。
「奉聖州(河北タク[さんずい・豕・丶]鹿)が降りました」
「郭薬師、謀反です!」
軍営においてタイシは立ちすくんだ。兵らもざわめく。
「何故?」
「或るものの話によると、キタン軍は、漢人が南軍に応じるのを恐れ、再び、李処温のように、郭薬師らを謀殺する、と思ったらしいのです」
「彼は渤海人であろうに。卿は?」
「越王(クリブ)の命で、リンヤの所へ先に遣わされました。ほかの者は燕京へ」
「越王はどうした? 詳しく申せ」
「はい。郭薬師は越王を召いて宴款を開き、歴数・符讖を以て漢に帰することを説きました。王は怒り“吾は汝を朝廷に薦めて、この官職を授けさせた。どうして朝廷に背くのか!?”と。薬師は、王が必ず請いに従うと思ったのか、また嘗ての薦恩を受けたことからか、あえて王を害しませんでした。王は、この際にあたって、所領する兵の多くないことと、さらに薬師の既に叛意しているのを料【はか】り、従わなかったら禍が身に及ぶことを慮って、みずから城門の鑰【やく】(かぎ)を啓き、去りました。すぐ、こちらへ来るでしょう」
オリラがタイシを見て言う。
「西と北はジュルチェン、南は宋と郭薬師、東は張覚。囲まれました。いよいよですね」
蕃漢の百官が宮殿に集まった。
皇太后が言う。
「ジュルチェンの人馬は、すでに奉聖州に入り、今さらに易州などが宋国に帰しました。歩むことは艱難であり、宗社は、まさに傾こうとしています。今、卿らと、その去就を議しましょう。両国の孰【いずれ】によるべきでしょうか、まことに国を托するべきなのでしょうか。吾は、これに従って款を納めるつもりです。臣属することを恨みません。……もし宣宗に嗣が有ったならば、断じて干預しなかったでしょうね……」
或るものが謂う。
「ジュルチェンのほうが強い。宜しく附くべきでしょう」
また、ほかの或るものが言った。
「宋との百年の信誓に依るべきだ」
皇太后がのべる。
「二説をともに取るべきでしょう」
大臣らが言う。
「両国に使を遣わし、“表を奉じ、臣を称する”ということで、宜しいでしょうか?」
皇太后は頷いた。
クリブが謂う。
「しかし、兵によって燕京を陥れられたくないな。……宋とジュルチェンが兵を進めるなら、迎撃する。いいな!」
漢人の大臣らは顔を顰め、キタンの将帥らは歓声をあげる。
タイシは目を閉じ黙っていた。
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