皇天順ならず(高汝蓮)第7話

「これが湘陰王、あ、……太上皇帝と称えられるべきでしょうか?」
 官僚が幼帝をみる。幼帝は、まだよくわからないようだ。左企丘が言う。
「……天祚……がよい」
「……の書です」
 官僚が書を示す。皇太后が頷く。
 官僚が、その書を読みはじめた。
「……耶律淳(天錫皇帝。宣宗)は大いに不道を為し、義を棄て、恩に背き、祖宗にそむくことを獲た。朕は敢えて赦さない。まさに授けるところの官・爵・封号を、尽く削奪することを行うべきである。并【あわせ】て、妻の蕭氏を降ろして庶人と為し、すなわち姓を“まむし”氏と為す。……」
 皇太后蕭氏が微笑して言う。
「我は兄弟が謀反したとき、天祚の命によって上京で囚われました。ジュルチェンが城を破った後、隙をついて逃れ、出ることを得ましたけれど、何故か再び天祚によって中京で囚われの身。今年、この燕京において、宣宗の登極で皇妃と為り、卿らの援で皇太后と為っています。さらに今、天祚に庶人と為され、姓も改められることになりました」
 皆も苦笑いしている。
 クリブが問う。
「その天祚の勢は如何?」
 官僚が答えた。
「去る五月十七日、都統マゴが散亡を収集し、オリギン(不明)で会しています。天祚は、十九日、マゴを以て知北院枢密使事兼都統としました」
「さすがに剛直なシリウ節度の子である」
「七月一日、テレイ部が叛き、五千人を以て、天祚を攻めました。ウグ部節度使タングは家奴を率いて、これを撃破。天祚はタングに太子太保を加えています」
 クリブが言う。
「“強タング”は、まだ健在であったのか?」
 左企丘が話す。
「今年七十二であったろうに」
 虞仲文が聞く。
「太子とは誰だ? 順からいくと梁王であろうけれど、歳は……?」
 タイシが告げる。
「今年三十です」
「卿の二つ上か。だいたい天祚の寿はいくつであったかな?」
「四十八」
 さらに官僚が報じる。
「六月、陰山室韋のモゴシが兵を以て来援したところ、ジュルチェンの為に洪灰水(不明)で敗れ、その子トグおよび、その属のアサンインを擒にされたということです。また、夏将の李良輔が兵三万を率い、大遼を救おうとして来て、天徳の境にある野谷(不明)に次していましたところ、ジュルチェン兵三千に敗れたということでした」
 クリブが言った。
「たよりにならんなあ……ほんとうに戦ったのか?」
「そのほか、平州の民が節度使ディリを殺し、副使の張覚を推して州の事を領させているとのこと。張覚は丁壮五万人・馬千匹を籍し、兵を練り、備えと為しているそうです」
 皆、叫んだ。
「それを早く言わないか!」
「張覚は何故、そのことを急報しなかったのだ?」
「平州は重鎮だ。何とかしなくては」
 虞仲文が語った。
「しかし、リンヤを戻すわけには行かないな」

 皇太后と幼帝・官僚が寺を詣でた。皇太后や幼帝は喪服。官僚は、くろい衣・帯をしている。班を斉【ととの】え、叙【つい】で立つ。舎人(官僚)が右ひざを跪き、大紙一幅を執り御前へ。皆、再拝した。
 この後、白衣観音など拝んだ。
 タイシが寺を出て、久しく八角十三層の磚塔を眺めていた。
「暑い」
 オリラが言う。
「宣宗の崩御から、すでにひと月。早いものですね」
「ああ」
 タイシはふり向かず、応じる。
 オリラは周りを見わたし、告げた。
「ここに、燕京に居る、すべてのキタンが集まっています。しかし、ほとんど国舅族で、皇族は至って少ない」
 タイシは黙っている。
「それに、主上のほか横帳(太祖の子孫)はリンヤのみ」
 タイシは静かにしていた。
「宣宗の婿、ボド都尉などは……リンヤを皇帝に立てたらいい、と……」
 タイシは手を挙げて、オリラの言を止めた。
 そこへ、タブエンが来て告げる。
「ノウオマ(国母)は、この後、看花台(北京懐柔北)に御幸するので、リンヤも扈従するようにとの旨です」
 タイシはタブエンに話しかけた。
「……汝も国舅族なのか?」
「はい」
 タイシはオリラのほうを向いて言う。
「知っていたか?」
「もちろん。我も“蕭氏”ですから。しかし、この子はノウオマと同じく著帳(反逆家属)と為され、あるワリ(郷の小さなもの。むら)に没入していました」

 皇太后らが服を更【か】え、輿に乗って台に登り、花を賞【め】でた。この後、皇太后や幼帝は館に入り、近侍と護衛・官僚の穹廬が建てられる。
 宴が行われた。
 タブエンが言う。
「けっこう盛大」
 オリラが応じる。
「そうだな」
「皇帝のナボは、ほんらい、もっと壮大なのでしょう」
 タイシが口を開く。
「見たことないのか?」
「はい。教えてください」
「……我が進士に及第したときのことを話そう」
 タイシは穹廬の前に坐って、語りはじめた。
「天慶五年五月、夏のナボはトゥル山に在った。トゥル山は黒山の東北三百里に、黒山は慶州(内蒙古巴林右旗西北)の北十三里に在る。天祚皇帝は、ここに彼のアルワン=オルド……漢語で永昌宮という、を起こし、北南臣僚と国事を議し、暇日(休暇)に遊猟しているはずであった。
 皇帝の穹廬を牙帳という。牙帳の周りは、毛縄を用いて連繋している槍を以て、硬寨を為していた。槍ごとの下に黒い氈の傘ひとつ。以って衛士を風雪から庇【おお】う。その外に小氈帳一層あって、毎帳に五人おのおのが兵杖を執り、禁囲となっている。キタン兵四千人を用い、毎日千人を祗直(宿直?)とした。夜になれば槍を抜き、御寝帳に移し、たてる。牙帳は、すべて木の柱や竹の榱【すい】(たるき)でたてられており、氈を以て蓋(天井)と為し、彩絵で柱を韜【つつ】み、錦を壁衣(壁)と為し、緋の繍(ししゅう)の額を加えていた。さらに黄布に龍の繍を以て地の障としている(床を蔽っている)。窓の“ふすま”すら皆、氈を以て、これを為し、傅するのに黄油絹を以てしていた。廂・廊・廡をやはり氈の蓋を以てし、門戸はない。
 牙帳の南に省方殿・鹿皮帳があり、北に寿寧殿・八方公用殿・長春殿がある。周りを拒馬(槍でつくる柵)を以て囲み、外に舗・伝鈴・宿衛が設けられていた。
 我は時相(この時の宰相?)に引かれ、牙帳を詣で、天祚皇帝に接見した。皇帝は田猟服、幅巾(?)に甲冑という戎装で、鴨頭を腰に(?)。臣僚の衣は皆、左衽で黒緑色であった。
 ……実を言うと、このようなときに田猟服はおかしい。天祚は暇日となく遊猟していたのだ。
 我は御前で鞠躬した。名(名刺?)が通されたところで、四拝する。各、祗候する(さがってまつ)よう賛され(つげられ)、皆、退いた。のち臣僚の起居がおわると、読巻官が奏する。左方から等甲(合格順?)に依り、姓名を唱えられ、序【つい】で立つ。閣門(儀官)が敕牒を交収して奏する。我らは引かれて御前に至り、等甲に依り、序で立った。閣門が“有敕”と称えると、皆、再拝して鞠躬。舎人が敕を宣【の】べる。“各、等甲に依り、卿らに敕牒一道を賜う。想うに宜しく悉く知るべし”。揖拝(揖も拝も手をくみあわせる)して、各、左膝を跪けて、敕を受けとる。鞠躬して再拝。各、祗候するため、左右に分引かれ相向かい侍立する。奏事のおわるのを候【ま】って、引かれ位に就き、斉して(そろえて)“はい”と声をだす。坐を賜り、酒を三行、起きて“はい”。退き、揖して出る……」
 タイシは、ふと見上げた。オリラとタブエンが顔を見あわせ、笑う。オリラが言う。
「そこで第一人(首席合格者)のエリ=タイシは特に一官を加えられ、奉直大夫と翰林応奉文字を授かったのですね」


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