皇天順ならず(高汝蓮)第50話

三騎、至った。
ジャラーブが鉄槊を執り前に出、タブエンらが弓を執って箭をつがえる。
三騎は馬を下りて跪く。一人が起きて書を奉った。
それを馬上のフティンが取り、同じく馬上のタイシにわたす。
「天祚が“詔”を降ろした」
書を読んだタイシはフティンにもどした。
「は!? なんと書いてあったのですか?」
オリラやテゴらが馬を寄せる。
「来いとさ」
フティンは書を一見して告げた。
テゴが問う。
「まさか、行かないでしょうね」
「いや、謁【まみ】えよう」
タブエンが話す。
「……しかし、もうリンヤ軍は先に出てしまいましたよ?」
オリラが語る。
「そう! いま、ここに……十数騎しかいないし、予備の馬もない」
「それに、夾山に赴くとすると、我らが追いつけなくなります。呼びもどしますか?」
テゴが謂った。
「いや、いい。スンシャンの兵が居るはずだ。そうであろう?」
タイシは三人の兵に尋ねた。兵らが頷く。
「その兵も百数十だ。うむ、そうだ。行くのを止めるか……アガ(天祚)の穹廬に密かに入り、つれ出すか……それか、いっそのこと」
フティンはタイシを顧みた。
兵らが顔色を失う。
「我は僭僞者や簒奪者・弑逆者になりたくない」
「そこまで言っていない。けれど……なあ」
山を登り林に入る。
「タイシ=リンヤ!」
「おお、これはイセ知北院枢密事! わざわざ迎えに?」
僅かな兵と、声をかけた鎧甲を被っていない者と将校らしき者。馬に乗っているのは、この二人のみである。
将校が言う。
「……テゴ、爾に問うておらん。エリ=タイシ、皇帝の召しだ。来い!」
「ポリク!」
「何だ?」
「なんて言いぐさだ!」
「テゴ、怒るな、怒るな」
やがて百以上の騎馬が到る。
兵らが騒ぐ。
「逃げるな!」
ポリクが叫んだ。
「遅くなりました。何かあったのですか?」
「いや、別に。スンシャン……労したな」
タイシが笑顔を見せる。スンシャンは馬を下りタイシを拝した。
「……皇帝のオルドに兵を入れることは許されないぞ!」
ポリクが大声を出す。
「何を焦っている?」
フティンが先に進む。
「営の外で待っていてくれ」
「リンヤ!?」
「後ほど再び迎えに来てくれないか?」
タイシはオリラを近づけささやく。前に出ようとしたスンシャンとタブエンをオリラが止め、頷く。
タイシは刀剣・弓箭を外しタブエンにわたし、馬を進めた。
既に穹廬は拒馬(柵)にさえ囲まれていない。
痩せた者らがタイシらを眺める。
タイシとフティンは馬を下り、穹廬に入った。
穹廬の中に殆ど物はない。数人の男女が居るのみ。
タイシは、奥の中央に坐っている黒衣の男の前で跪く。フティンは、ただ端座した。
黒衣の男は言う。
「朕は、卿の兵を得、また陰山室韋モゴシの兵を得た。天の助けを得たのだ。再び兵を出し、復た燕・雲を収めるつもりじゃ」
フティンが笑いだした。
「何を笑う!!」
皇帝に侍していた者が腰を浮かす。
「だって、そうであろう? ジュリジャ」
「だいたい爾が何故ここに居る? 皇帝が召したのはタイシ=リンヤのみだ」
「そうか?」
フティンは笑い続けた。タイシは手を挙げて、それを制止する。
「……はじめ、ジュルチェン人が長春・遼陽を陥れると、則ち車駕(皇帝)は広平淀に幸かず、中京に都し、上京を陥れられるに及ぶと、則ち燕京に都しました。中京を陥れられるに及び、則ち雲中に幸き、雲中から夾山に播遷。向かうところ全師を以て、戦備を謀らず、国の漢地を挙げて皆ジュルチェンの有にせしめました」
天祚やジュリジャは黙り、もうフティンも笑っていない。
「国勢ここに至っています。まさに戦いを求めようとするのは計に非ざること。兵を養い時を待って動くべきです。軽がるしく挙げるべきでありません」
すぐにタイシは起き、穹廬を去った。
「宵のうちに出よう」
タイシは林のなか馬を引く。フティンのほかテゴ、ジャラーブ数人。
「せめて軍の有るところまで……」
「何処へ行く、エリ=タイシ?」
イセが立っている。
「皇帝は、明日、親【みずか】ら軍を率いる。爾は従わないのか?」
「従わなかったのはアガのほうであろう」
フティンが言った。
「……」
イセは首を振った。
タイシが告げる。
「我は疾有って……」
「疾と称するか?」
ポリクも闇から出で、手を挙げる。弓に箭をつがえた兵と、刀を抜いた兵がタイシらを阻んだ。ジャラーブらがタイシの前に立ち、テゴらが後を向いてかまえる。
箭を射る音。
しかしポリクが倒れた。兵らは辺りを見まわす。箭が飛び兵らに中る。
弓を手にしたタブエンが先に顕れた。そしてオリラやスンシャンらが尸を越え至る。
「危ない、危ない」
オリラがタイシの馬の轡を執る。
「将兵や糧食を欲している彼らがリンヤを狙うとはね」
タイシは合掌し瞑目した。
「あれ、なんか増えてないか?」
テゴが軍士らを視た。スンシャンが天祚の営のあるほうを指さす。
「天祚の兵でリンヤに従いたい者を伴ってきたのだ。我らと併せて二百騎ほどかな」
「だいじょうぶかいな。それに、ただでさえ馬が少ないのに」
オリラが奏する。
「リンヤ、陰山室韋の者の話です」
「うん?」
「北〔西〕へ三日行き、黒水を過ぎると、白きタタールことオング部が居ます」
「うむ」
「詳隠チュワングルはモゴシと相識るなかとか。モゴシはリンヤに見【まみ】えるようチュワングルに伝えているそうです」
「そうか! よかった。これで鎮州に行ける」
フティンが笑う。
タブエンが刀剣・弓箭をタイシに捧げる。タイシはそれらを装い皆を顧みた。
「リンヤ?」
「夾山を出るぞ!」
続
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