皇天順ならず(高汝蓮)第49話

「しかしフティン都統は、潜入することに長けていますなあ」
「スンシャン、音をたてるな」
「いや、テゴ。これぐらい離れれば、もう、よかろう……。な〜に、難しくない。それはな……」
「おお……」
 二人はこそこそと話す。
「実を言うとオリラも」
「ほお!?」
「何を謂うのです」
 暗くて顔は見えない。蹄の音と笑い声。
「スンシャン、爾の術も、なかなか」
「いやあ」
「まるで偸摸【とうぼ】(掏摸。すり)だ。横帳(皇族)だというのに」
「なんだと!! この……李球か!?」
「爾ら、リンヤがいるのだぞ!」
「しかし、テゴ」
「スンシャン判官、怒るな。李令史はまじめすぎるのだ。……リンヤ? どうしました? 怒っているのですか?」
「ネモホの軍が見あたらなかった」
「確かに」
「擒となったはずのマゴ都統もいなかった」
「……燕京とかで何か……」
「うむ」
「とりあえずキタン兵が少し躊躇してくれれば……。キタン人の間で争いたくないし、ジュルチェン人は西京路の地理をよく知らないはず」
「フティン都統、あれで軍を帰すでしょうか?」
「わからん」
「ほかのキタン軍は?」
「ぜんぶ廻っていたら、それこそ擒となる」
「リンヤ、次は?」
「……」
「敵の糧餉を奪い、焚き、絶ちましょう」
「それより、ぜひ、鎮州へ。獄訟を決し、聴政してもらいたいのです」
「……」
「怒っているのですか?」
「いや」

 昧爽(未明)。
 先の方に数騎が至る。
「ん? 誰か来た!」
 タイシらが止まる。
「ああ、先頭はジャラーブですよ。でかいから、すぐわかる」
「熱は下がったのかな?」
「いちおう、薬を給しておきましたけど」
「李球の薬など効くものか」
「なにを! 先ほどの敵兵を見たであろう。爾も試してみるか、スンシャン判官?」
「我を殺すつもりか!?」
「効かないのであろう?」
「やめよ」
「それと大食軍だ。あれは、おお、我らのカトン(皇后)だ。もっと怒っているぞ。なにしろ黙って行ったからなあ」
 皆、笑う。
 ジャラーブが近づく。諸将は笑いをやめる。ジャラーブは馬を下りタイシの前で跪く。
 続いてタブエンやハサンらが下馬する。
 ハサンが笑顔で鞠躬した。
 甲を被っているタブエンはタイシを拱手。
「無事で……」
 タイシは頷いた。


 穹廬の戸は開かれている。
 タイシと諸将が入った。
 タイシが顧み坐る。諸将もまた坐った。
 スンシャンが奏する。
「もう二月。ジュルチェン兵は動いていません」
「うむ。……我は鎮州へ趣こうと思う」
 タイシが告げた。
 諸将が奏聞する。
「天祚は?」
「諸部とエウシェに与えた我らの兵が護っている」
「ジュルチェンはどうします?」
「鎮州の兵を東へ。直に上京を狙うかのごとく」
「キルギズへの備えを」
「うむ。まず使を遣わす。それから……」
 穹廬の外にいる兵の声。
「天祚の営から使が」
「入れ!」
 兵がタイシの前に到り跪く。
「エウシェら十人が謀反で誅に伏しました!」
「なに!?」
 皆、ざわめく。
「また、テムゲ太保はジュルチェンに降ったということです」
「なんということだ!!」
「天祚はまたもや自らを弱めたのか」
 フティンが起きあがった。
「リンヤ、如何しますか?」
 オリラがタイシに詰めよった。
「……」
「もう、天祚を奉じるのを……」
「リンヤは初めからアガ(天祚皇帝)など擁していない」
「フティン都統!!」
「おっと」
「エンシャン……統軍使、兵を率いて……天祚の営に向かえ」
「諾! ……統軍使!?」
「しかし、営に入るな」
「……は? わかりました」
「リンヤは?」
「そのまま鎮州へ如【い】く。太保らが降ったとなれば、天祚の居る地を知られてしまう。急がねばならない」


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