皇天順ならず(高汝蓮)第48話

 暁。
 薄く雪が積もっている。
 それを眺め、口を漱ぎ、楊枝を嚼【か】む。
 女子が布巾を腕に、湯を入れた盥を持って、傍らに来た。
 ほかに数人が寄る。
「リンヤ、ずいぶん早いですね。休めなかったのですか?」
「う〜ん」
「眠れる薬を配しましょうか?」
「いいや」
「先の薬を飲みましたか?」
「飲んでいない」
「どうして!?」
「薬が違う」
「そんな」
「李令史、どんな薬を欲しているのですかな?」
「それは、なあ、ハサン=ティギーン……」
 李球は口を手で被い、ハサンの耳に語る。
「ほう。ならば! 良い物があります。あとで拿【と】って来ましょう」
 ハサンは笑いながら言った。
「我は腎の病に非ず!」
「何のこと?」
 女子が問うた。
 李球が笑顔で答えようとする。
「それはな、タブエン……」
「何か来る!」
 タイシ=リンヤは、タブエンの腕から布巾を取り、向かう。
 タブエンは盥を李球にわたす。
「お、おい?」

「フティン都統と国舅オリラ、スンシャン判官です」
 衛兵が呼ぶ。
 騎馬が数十至る。
 タイシは前に出て、一馬の轡を自ら執った。
「皆、揃って、どうしました?」
「すぐ、そこで遇った」
「……フティン都統。天祚皇帝に何か?」
 フティンが下馬し、タイシを拝する。
「ジュルチェン人が来攻し、天祚は営を棄て北に遁れた」
「え!」
「ナイ=ネイル(正旦朝賀儀。正月の儀式)を狙われたな」
「……」
「攻めてきたのは、ネモホの兵だ」
「しかし、マゴ都統が守っていたのでしょう?」
「マゴ都統は執らわれた」
「!!?」
 タイシが天を仰ぐ。
「天祚皇帝は?」
「モゴシが来て迎えた。馬・駝・羊を、さらに部人を率いて防衛し、ウグ・テレイ部に至っている」
「うむ」
「あとな、都点検イセを以て知北院枢密使事とし、モゴシを封じて神于越王と為した」
「イセ?」
「そう、イセだ。……時に、侍従は糧の乏しきこと数日であったらしい。衣を羊に易えていた」
「そこまで……」
「我らは、それを見とどけてから還ったのだよ」
 タイシは地を見る。
 フティンが顧みた。
「オリラ、鎮州の兵は動かせるか?」
「それは難しい」
 タイシが尋ねる。
「そうだ、鎮州で何かあったのか? スンシャン判官?」
「大したことは……」
 スンシャンが口ごもった。オリラがかわりに対える。
「キルギズや阻卜とうまくいっていないのですよ」
「ほかに城市は幾つ築いた?」
「……十ばかり」
「十!?」
 スンシャンは俯いた。
「ここは、そろそろタイシ=リンヤに臨んでもらいたいのです」
「……」
「それまで兵を留めておかなければ。それに、もうジュセやビリラに委せたままはいけません。まあ、リンヤが鎮州に入るのであれば、兵をそのままにしておけますけどねえ。どうせ、天祚はモゴシやウグ、テレイが護っているのでしょう? リンヤの軍を遣わすことはないですよ」
「うーん、どうしたものやら」
 フティンが唸る。タイシが説く。
「エウシェらを遣わそう」
「信じられますか?」
 オリラが眉をよせた。
「彼らも功を立てたかろう。それと……我も動く」
 フティンが少し笑って言う。
「何をしに?」
「ジュルチェン兵をおいはらう」
「はあ? 兵はどうする?」
「我らのみで行く」
「!?」
「何を考えている?」
「どうやって?」
 オリラやスンシャンらも云った。
「密かに」
「へ?」
「フティン都統!」
「あん?」
「それと李令史! 薬を」
「ええ!?」

 灯火の下、案(机)の上に紙を載せ、何かを書している。
 ふと、見上げた。
「タイシ=リンヤ!!??」
「ディエ都統、久しく」
「フティン都統も!? いつのまに……」
 ディエが起きようとすると、スンシャンの刀が喉もとに。
「斬るつもりはない」
「爾の衛兵は皆眠っている」
 フティンが謂う。
「兵を少し却【しり】ぞけてもらおうか」
「できるわけなかろう」
「そうか。よし」
 スンシャンがディエの腰から物を獲る。
「あ!? ……それは!」
「この金牌がなければ困るであろう?」
「ううう……」
 タイシが近づく。
「たのむ」
「そんなことを言われて……」
 フティンが案を鞭で叩く。
「よく聴け! いま、タイシ=リンヤは大食および波剌斯の兵を麾下とした」
「え!?」
 ディエを含めて皆、声を出した。
「虚言でなかろう?」
 フティンはタイシらを少し顧みてささやく。
「大食? 波剌斯?」
 ディエは驚いたようす。
「そうだ。ネモホに伝えよ」
「……わかった」


第49話へ(続きを読む)

作品紹介へ

一覧へ

クリックでホームへ戻ります
back to home