皇天順ならず(高汝蓮)第47話

 醒める。
 牀(寝台)に臥していた。
 傍らを見る。
 誰かが被(かけぶとん)に頭を載せて伏していた。
 咳きこむ。
 その女も覚める。
 半ば開いた目。
「あ!」
 すぐに身を引き拝跪した。
「タブエンの番であったのか」
「はい。今朝から」
「今朝? 汝も渇瞳【かつどう】(うたたね)していたようだな」
「すみません!」
 タブエンはさらにさがり叩頭した。
 タイシは微笑する。
「他の者は?」
「……抜水(水汲み)に」
 身を興す。タブエンが寄り、支え扶ける。
「……リンヤ、如何ですか?」
「ああ、だいぶ良い」
「薬を飲みましたか?」
「いいや」
「どうして!?」
「李令史の薬は我に合わないようだ」
「そんな……李氏はリンヤの薬で治ったのに」
「だから彼は、我のためにすぐ効くものを創ろうとしているのだ……しかし、それが感冒(かぜ)の薬でなく、別の物なのだ。故に己で切脈・審薬することにした」
「?」
「ところでフティン都統からの使は来たか?」
「いいえ。まだ」
「ん……汝も感冒か? 顔が紅い」
 タブエンは身を離し俯【うつむ】いた。
 他の者が天幕に入る。
「おお! リンヤ! すぐに御膳と薬を収拾(準備)します」
 
 タイシは臥したまま上を見ている。
 天幕のてんじょうは穹隆(アーチ)、高敞(たかくてひろい)。
 タブエンのみ側に侍していた。
「……」
「……」
「……リンヤ」
「ん?」
「天祚皇帝はかわいそうです」
「……」
「叔母にすら棄てられて」
「な!? 大長公主もナイ=ネイル(元旦〔の朝賀儀〕)に行かなかったのか?」
「いいえ! 長公主(天祚の妹。耶律延寿)ともに……」
「そうか……よかった」

 タブエンが、黒い盞(さかづき。ここは茶碗)に末(茶葉の粉末)を入れ、鉄の瓶(やかん?)にて湯を注ぎ、銀の匙で環廻撃払した(かきまわした)。
 タイシに奉る。
「沫(あわ)がない」
「……すみません」
「茶が少なく、湯が多かったのか。湯の過熟かなあ。タブエンは、あんなに騎・射を善くするのに」
「……あの」
「何だ?」
「……いえ」
「どうした?」
「……ウイグルって何ですか?」
「?」
「いや……その……上京や燕京の市で遇ってますけど……」
「ウイグルは、もと匈奴の別裔だ」
「匈奴?」
「知らないのか!?」
「はい……いえ、ことばとしてしか……」
「匈奴の先は夏后氏(夏王朝)の苗裔で、淳維と曰う。殷〔王朝〕の時はじめて北辺に奔った。淳維から千有余歳で虚連題氏の頭曼に至り、當犂孤塗単于と称える(當は手偏、田を牙にする)。太子有り。名を冒頓と曰う。冒頓は父を殺して自立。かくて東に東胡を襲撃し、西に月氏を撃走させた」
「……」
「東胡の余衆は鮮卑と号した。慕容晃の滅ぼすところとなり、散じて宇文氏・庫莫奚・契丹と為る。ここから先は前に話したな」
「……はい……」
「忘れたか?」
「……」
「まあ、いい。筆・硯・紙を持ってきてくれ」
 タブエンは起き、穹廬を出、忽ち還ってきた。
 タイシは興き、牀に坐る。タブエンが上衣をタイシに掛けた。紙に漢字を書きながら語る。
「匈奴は頭曼から四十余主、五百余年」
「五百……年?」
「次に磧北および西域に覇たるは、後漢における鮮卑の檀石槐」
「タンシクワイ……?」
「我も真の音を知らん」
 タイシは一笑した。
「元魏(北魏)時、柔然の郁久閭氏の社崙が丘豆伐可汗と号し、十六代百五十三年」
「元魏……」
「それも鮮卑拓跋氏だ」
 タイシが茶をすする。
「あ!」
「ん?」
「入れなおします」
「いや、いい。“渇者は飲を甘しとす”(『孟子』尽心上)、だ」
 タブエンが、はにかむ。
「北朝の頃、突厥の阿史那氏は、土門こと伊利可汗から二十二人立って百九十三年」
「テュメン(万)、イリ(国)?」
「うん。……ところで、それは東のみ。西に達頭こと歩迦可汗から十一主百余年」
「東西に分かれていたの……ですか?」
「そうらしい。さて、ようやくウイグルだ。唐の天宝年間、ウイグルの薬羅葛氏の骨力裴羅が骨咄禄毘伽闕可汗と称える。以往十三代九十六年」
 タブエンがささやく。
「大契丹は、耶律氏の阿保機から……九帝二百十余……年」
「え?」
「す、すみません!」
「……会昌中、黠戛斯【かつかつし】(キルギズ。現在クルグズ。ほかにハカス)がウイグル城を攻め、可汗を殺し、その牙(本営)を焚き、諸部を潰した」

「リンヤ?」
 戸が開き、鉅大な躯が入る。
「ハサンらと李球、ディリが来て起居を問いたいと」
「……許す」
 彼らは入り、タイシの前で拱手した。
「ハサン、ムハンマド。卿らも残ったのか?」
「卿! ……はい。他の者らは天祚皇帝の営に行きました」
「ふむ。……ジャラーブ都監、卿も居れ。……タブエン、何か食を。酒はいらん。……茶を」
「え!?……」
「うーん……李令史、茶を点ててくれないか」
「はい?」
 天幕を出ようとしたジャラーブは、跪いてタイシを拝し、隅に移って坐った。かわりにタブエンが出る。李球は瓶を炉に載せ、湯を候【うかが】う。
「いかがですかな?」
 ハサンが言った。
「もう、治ったようだ」
「ほう、それはよかった」
「……ディリ! 彼らの語を解するようになったかな?」
「いいえ。まだまだです。テュルクチェ(トルコ語でトルコ語)とかファールシー(ペルシア語でペルシア語)・アッルガ=ル=アラビーヤ(アラビア語でアラビア語)などあるそうで。字は同じです。しかし、テュルクチェはウイグルチェ(ウイグル語でウイグル語)よく似ているようですね。というか同じ? 字は異なりますけど」
「そうか。……キタン語にウイグル語と同じ語がある。しかし、アラビー?は知らん。我も習おうかな」
「おお! それはいい」
 ハサンが手を叩いた。
「タジクは何語を使う?」
「それが、どうやらファールシーと近いようです」
「ファールシーとやらは波剌斯かな? もしかすると大食と波剌斯は同じ族種であったのか?」
 タブエンが還る。彼らの前に物を運んだ。
 ハサンが問う。
「今、何の話をしていたのですか?」
「ウイグルだ」
「はあ」
「ウイグルの衙帳、古回鶻城、また卜古罕城・龍庭単于城・窩魯朶城などと云う……は西を鬱督軍(ユチュケン)山に拠り、南を昆(オルコン)河に依り、東に平野有って、北六七百里で仙娥(セレンゲ)河に至る。すなわち鎮州の地だ」
「オルド城……オルドゥ=バーリクですね」
 ハサンが頷いた。
「ウイグルは黠戛斯に破れ、衰乱した。西に奔った族種は甘州張掖・沙州敦煌・西州高昌、ほか亀茲・疎勒・焉耆・于テン[門・眞]に散処したらしい。甘州ウイグルや西州ウイグルと称し、その王を可汗・師子(獅子)王・阿薩蘭漢と号している。のち河西家(西夏)が甘州を抜き、沙州も取った」
「あさらん? それはアルスランか? アルスラン=カンは師子王のことだ」
「そうなのか? ディリ?」
「はい。そのようです」
「史書に阿薩蘭ウイグルとある。もしかしたら、すべて同じ王の下に統治されているのか?」
「……たしかに、ウイグル王といえば、ビシ=バーリクのカガンですな」
「ビシ=バーリク?」
「ベシ=バリクとか。“五つの城”の意」
「五城! 北庭こと庭州金満を俗に五城の地と号する。高昌の師子王は北庭に避暑したという」
「高昌……コーチョのことか?」
「その地は頗るウイグル有り、故にまたこれをウイグルという。南に于テン、西南に大食・波斯を、西に西天の歩路渉・雪山・葱嶺など距てる、とある」
「うてぃえん?」
「于遁や屈丹とか」
 李球が言った。
「おう、それはクタンかな!?」
 ハサンがやや大きな声を出した。
「たぶん、そうだ、そうだ」
 ムハンマドも口を開く。ハサンがさらに言う。
「しかし、大食……。キタイが我らを大食と為していたことを、我は識りました。しかし、我らはタジクでなく、ファールシー……波剌斯やアラビー(アラビア人)ですらない。タジクからはオグズやトゥルクマーンと呼ばれています」
「?」
「また、兵はグラームを使う」
「?」
「テュルク人奴隷ですな。もとの意は少年」
「オグズ? トゥルクマーン? グラーム? ディリ!」
「……わかりません」
 ハサンが続ける。
「ところで、キタイと大食は、どのような拘わりあいを持っているのですかな」
 李球が書を開き、読む。
「……“大遼”の聖宗皇帝の太平元年春三月……この月、大食国王は復た使を遣わし婚を請う。王子班郎君クスリの女(むすめ)カロウを封じて公主と為し、これに嫁がせた」
「な!?」
「知らなかったであろう」
「それはいつ頃のことですかな?」
「太平元年は、百二年前だ」
「……カーシガルのトゥガーン=カーガーンが、キターイを拒んだ話を故老から聞いた。それは408年……今から百九年の昔という」
 ムハンマドが告げた。
「また、キターイは、ヤミーン=ダウラことガズナのマハムードに使を遣わしたらしい」
「ふ〜ん……ガズナ?に! 聞いたことないですね。たぶん史書になかったはず。だいたいガズナ? 四百八年? やみーんって?」
「ガズナはアフガーン人の住む地だ。暦はキタンのと違うのだ。アル=ヒジラという。今年は517年になる。ヤミーン=ダウラは“王朝の右手”というべきか。ガズナのアミールらはアフガーン人でなくテュルク人だ」
「……カーシガルは伽師祇離のことでしょうか? ならば疎勒ですね。ウイグルの居る」
 李球が謂った。ムハンマドも語る。
「カーシガルは我らの国を東西に二分する一大都城である」
「卿らの国は分かれているのか?」
「あ!」
「その西はセミスケント……サマルカンドか? そして東はカーシガルなのだな」
「……もともと、カシガルでなくベラサグンを首府としていた」
「王は何と号す?」
 ムハンマドが答える。
「タムガージ=カーガーン……やはりアルスラーン=カーガーンとか……カラー=カーガーン……」
「?」
 ハサンが言う。 
「タムガージ……タプカチはシーン(中国)の意である……です。アルスラーンは……」
「アルスランは獅子だな。カラーは“黒い”のカラか?」
「はい。ほかの意もあり、ここは“強い”」
「ねえ、カシガル、カーシガル……同じなの?」
 タブエンがディリにささやいた。ハサンがタブエンを顧みる。
「そうです。かの地に行けば、さらに多くの語言を聴くでしょう。たとえば、コレズム=シャーの都城はウルゲンチ。しかし」
「グルガーンジ……ジュルジャーニーヤ」
 ハサンとムハンマドが笑った。李球が苦笑して、ほかの書を開ける。
「裴羅将軍城の東は葉支城・賀猟城・凍城そして熱海、西は砕葉城・米国城・新城・頓建城・阿史不来城・倶蘭城・税建城そして多邏斯城に至る。ここは悉く葛邏禄の踞する所と為るとか」
「? ……たしかにバラーサーグーンの東に海やスイアーブ城?は有り、西にタラーズ城?も在って、そしてカルルク?も居る。しかし、地名は合っていないようだ。タイシ=リンヤといえど、西域に通じていないのか?」
 ムハンマドが問う。
「うむ、そうだな」
「そんな!」
 李球が書を叩く。
「いや……。我らの知るところ、北の諸部族のことはともかく、およそ諸書とウイグルおよび諸国からの伝聞のみ。キタン人は自ら見聞していないらしい」
「なるほど」
「しかし、南に大理国(雲南)や交趾国(ベトナム北部)・占城(チャンパ。ベトナム南部)・真臘(カンボジア)・蒲甘(パガン。ミャンマー)・藐黎(藐を“しんにょう”に。バリ?)・三仏斉(シリー=ビジャヤ。スマトラ)・闍婆(ジャワ)・勃泥(ブルネイ)・注輦(チョーラ。インド南部)・丹眉流(ターンブラリンガ? マレー半島)など在ると聞く」
「ほう……」
「東に高麗・流求(たぶん台湾)、そして日本」
「……りべん?」
「こう書く」
「日……本」
「李令史?」
「ええと……また、希なことを……これです。道宗皇帝の大安七年(グレゴリウス歴1091年)九月己亥(十四日)、日本国が鄭元・鄭心および僧の応範など二十八人を遣わし来貢した」
「うーん……。大理や交趾・占城、そして……あいかわらず、どこをあらわしているのかわからないけど、とにかく我ら商賈は諸国を廻っている。しかしながら……日本?」
「我も善く識らない。記事も限られている。南朝……宋国に、よく使を遣わしているようでな」
「……」
「……商賈といえば、卿はカガン家であるアフラーシヤーブ氏の出で、王子とか。何故に貿易などしているのか?」
「おお、よく聴き、よく憶えていますな。王子なんて……ムハンマドが戯れに言っただけで。ほんとうに王子であれば、ここにいないでしょう。……たしかに先祖を同じくする者がカシガルのカガンとなっていますけど」
「……我と同じだな」
「いえ、そんなことは! タイシ=リンヤはキタイのワリーユルアハドで、タイシは漢語の太子であると、聞きました」
「わ……?」
「皇太子ですな」
「違うな。漢字でこうだ」
「大石? 大きな石でいいのかな? するとテュルクチェ(トルコ語)のタシか? タイシ=リンヤでなくタシ=リンヤ?」
「それも異なる。……ここの営をクス=オルドと云ったのも、我が皇太子である、ということからなのか?」
「皆、言っていた」
 ムハンマドが言った。タイシが李球・ジャラーブ・タブエン・ディリを見る。ジャラーブは顔に情を表すことなく、他は肩を聳【しょう】した(すくめる)。
「ここは我のみの営でないのに……」
「しかし、“力有る宮”であることは正しいはず。それも強い」
 ハサンがのべ、ムハンマドが説く。
「強い? カラーか? カラー=キターイとか?」
「カラ=キタイ? 被り物……烏巾とかいうのも黒いしな!」
 ハサンとムハンマドが笑った。ジャラーブも笑ったかのふうで、タブエンとディリはわからないかのよう。李球は顔色を失う。
「……そうだな。いまさら大遼と号するは……」
 タイシが小笑した。それがやがて咳となる。
 ジャラーブが起きた。それを見て李球が書を閉じる。
「そろそろ、辞しましょう」
 ハサンとムハンマドも相顧みて、すぐ後に立ったジャラーブを仰ぎ、タイシの方に向き拱手。
「また、来ます」
「うむ」
 ハサン・ムハンマドが出る。
 李球が寄り、懐から紙包みを取った。
「新たな薬を調しましたので……これは効きますよ!」
 タブエンがジャラーブを見る。すぐにジャラーブは李球を引く。
「小哥(女から年下男性)、汝も」
 ディリも出た。
 タイシは紙包みを開いて中の粉薬を診る。そのまま閉じ傍らに置く。
 タブエンが笑う。


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