皇天順ならず(高汝蓮)第43話

「張覚が死にました」
「うむ」
 穹廬の中、タイシが奥に、その左右にフティンら諸将が相向かって坐っている。
 タイシの前に二人、サバとエンシャンが跪く。
「……すでに知っていたのですか?」
 エンシャンが言った。
「ああ、ウイグル人から聞いた」
「……リンヤ」
 サバが面を上げる。
「うん?」
「そいつについて、ちょっと……」
「何か?」
「いえ……」
「何だ? 詳しく聞きたい。話せ」
「は!」
 サバは、エンシャンを手で麾【さしまね】く。エンシャンが起きる(立ち上がる)。
「えー、まず、張覚の事から。これは漢人商賈の話です。五月、張覚は、ジュルチェンに降った左企丘らを殺し、平州を以て宋に附きました。しばしばジュルチェン兵に敗れたようですけれど、十月、兔耳山で大勝します」
「ほお!? 李処能に持たせたリンヤの策を使ったのであろうか?」
 フティンが口を挿んだ。
「たぶん」
 エンシャンが頷く。フティンはタイシに顔を向けた。
「さあ、どうかな。……続けてくれ」
 タイシはエンシャンに促した。
「はい。覚は妄りに大捷【たいしょう】(大勝)を以て宋に報じます。そこで宋は平州を建てて泰寧軍と為し、覚を以て節度使に封じ、人を遣わして泰寧軍牌及び道君皇帝(徽宗)の“御筆金花牋”及び覚の誥命・誥書を以て与えました。并【なら】びに河北燕山府路宣撫司の譚シン[禾・眞]とかいうやつが銀・絹数万を齎【もたら】し犒【ねぎら】おうとしたとか」
「宣撫司の譚? 何だ? 童貫とやらは?」
 復たフティン。起きて前に出た。
「致仕したもようです」
「それより、その詳しさは何だ!?」
「リンヤが詳しく、と。それに、やはり、すべてを知ってもらうため」
「話を持って来た漢人は誰だ?」
「それも、また後ほど」
 サバが声をかける。
「おい、エンシャン、我が話す余地を残しておけよ」
 エンシャンは舌を出した。
「……覚は、これを聞き、喜び、すぐに親兵を提【ひっさ】げて、遠く出、拝迎しょうとしたそうです」
「何と、愚かな!」
「ジュルチェン人は、これを、すべて諜知(密かに探って知る)し、忽ち大兵を挙げて、径【ただ】ちに覚を掩【おお】ったようです」
「あたりまえだ!」
「覚は大敗し、やむを得ず、弟とともに宋の書をもって、宵に遯【のが】れ奔り、燕京に入ります」
「……」
「覚の母・妻・家属は皆、先に営州に寓【よ】っており、ジュルチェンの得るところとなっていました。覚の弟は、それを聞き、これを救おうとして、亟【すみ】やかに宋主の金花牋を懐中に携え、ジュルチェンの営に往きて降り、その書を献じます」
 フティンらは大笑いした。
「……しかし、覚らの母は、すでにジュルチェン人の戮するところであったとか。ジュルチェンは平州を攻撃、遂に平らげました。また、覚の叛を納れたことを以て、宋を責めます」
「遂に平州も取られたか……」
「張覚は燕京の甲仗庫に匿れ、姓名を趙秀才と易えます。郭薬師や“知燕山府事”の王安中なるものらは、ジュルチェンを紿【あざむ】き、“これ無し”といったとか。ジュルチェンの索【もと】めが、いよいよ急となると、安中は、すなわち覚に貌の類する者一人を斬り、これに当てます。ジュルチェン人は、これを識り、“覚に非ず”といったそうで。安中は、やむを得ず、覚を縊り殺し、水銀を以て、その首を漬け、函にいれ、ジュルチェン人に与えました。……燕京の降将および常勝軍は皆涙を下し、郭薬師も“もし〔ジュルチェン人が〕来て薬師を索めたら、まさに奈何?”と言ったらしい」
「そりゃ、そうだ」
 エンシャンがフティンの方を向いた。
「平州が囲まれた時、節副の衛甫・参謀の趙仁彦・張鈞は数十人を領し、城を棄て四散。張覚が斬られると、趙公岩・趙公倫・趙企望らは越境し逃走して去っています。平州が陥れられた時、州民数千がジュルチェンに降ることを肯【がえ】んずる莫く、囲みを潰し走りました」
 フティンが問う。
「ほう、彼らが平州や燕京の事を報じたのか?」
「はい」
 タイシが口を開く。
「……彼らは今どこに?」
「山西諸郡に入っています。……リンヤ、伏して願わくば、彼らを集め収めたいと思います。如何でしょうか?」
「そういうことは天祚に以聞するもの……」
「リンヤ! そのようなことは、もう要しない。それに、兵は多ければ多いほど善いぞ」
 フティンの言に、タイシが苦笑しながら頷く。エンシャンが拝した。

 タイシがサバの顔を見る。
「加えることがあるか?」
「は!」
 サバはエンシャンと換わり、前に出る。
「五月、張覚が平州に拠って叛き、宋に入ったのを聞き、アクタの異母弟のシェムが錦州から往き討ちました。シェムは六月に営州、九月に新安・楼峯口で覚を敗ります。しかし、十月、兔耳山で大敗。ウキマイはオリブをしてシェムの敗軍の状を問いました。オリブは、そのままシェムの軍を以て、覚を討ちます。十一月二十一日、オリブは、張覚と燕京城の東で戦いに及び、これを大いに敗りました。城中の人は覚の父及び二子を執らえ以て献じます。オリブは、これを軍中で戮しました。二十三日、張忠献・張敦固は燕京を以て降ります」
「張? 誰だ? 家属か? また知らないやつだ」
 フティンが頭を掻く。
「わかりません」
「平州どころか、燕京も、復たジュルチェンに降ったというのか?」
「そのようです」
「宋の宣撫司とやらは何をしていたのだ! 郭薬師は?」
「南京路すべては、まだジュルチェンに取られていないものと思われます。ただ、燕京も、城中の人はジュルチェンの使者を殺し、その張敦固を立てて都統と為し、乗城して拒守しているとのこと」
「……オリブか……」
 タイシがつぶやく。
「平州が破れ、燕京も……克てないであろう。郭薬師も、譚某?も頼りにならない。うーん」
 フティンが腕を組んで、考えこむようなそぶりをした。
「そころで、サバの報も、やたら細かい。何故だ?」
「よく聴いてくれたテゴ。実を言うと、このこともリンヤに奏して、裁【さば】いてもらわねばならないのだ」
「奏?」
「い、いや」
「……何だ?」
「ジュルチェンの営から来た叛徒を擒としました」
「は? 誰だ?」
 フティンは穹廬の戸を見た。
「外で縛っています」
「だから誰だ?」
 サバはタイシを視る。
「誰なのだ?」
 タイシが尋ねた。
「ユドゥクの将、マジェ」
「……逃げてきたのか?」
「はい。リンヤ、彼を天祚のナボに送ったら、どうなるでしょうか?」
「……」
「誅殺されるな」
 フティンが応えた。リンヤが言う。
「一人か?」
「いいえ。麾下の兵を率いて」
「……リンヤ、我らは人を欲している。しかし……」
「つれてこい。いや、こちらから行く」
「は!?」
「話を直に聞きたい」
「諾」
「いいのか? リンヤ、そいつは怪しいぞ!」
「語ること不信であれば、すぐに斬ります」
 タイシが起きると、皆、起きた。
 すぐ、サバが拝して言う。
「リンヤ、あのウイグル人について」
「ん?」
「我が思うに、あれはウイグル人にあらざる者です」
 皆、サバの顔を見る。フティンが問う。
「何故、判る?」
「我ら数人が相語っているのを、トゥデが聴いていたのです」
「なんで、それで?」
「トゥデは、それはウイグル語でなかった、と言っています」
「はあ? トゥデはウイグル語をしゃべれるのか?」
「はい」
「漢語どころかウイグル語を善くする!?」
 テゴが声を大きくした。
「……で、何処の国の語言なのだ?」
「ディリは大食か波剌斯であろうと」
「大食!? 波剌斯!?」
 皆、小声に云い、首を傾げた。
 タイシが謂う。
「あの商賈は、まだ、ここに居るか?」
「はい」
「善! 我が審【つまび】らかにする」
「リンヤ! マジェの事は?」
「ああ、忘れるところであった。そちらを先にするか。……商賈らを書庫につれていけ。それと、李令史を呼べ」
 タイシらは穹廬を出た。


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