皇天順ならず(高汝蓮)第42話

「ジュレ郎君は才徳を純に備えており、兼ねて聖宗の四世孫である、と、ウチ都統が言うのにあわせ、我衆は皆、可としました。ディレ北院枢密使・テムゲ知北院枢密使事らの職は故の如く(もとのままに)しています」
営の外、馬が趨り、埃が舞う。
「イセ都点検、如何でしょうか?」
「エウシェよ、我らが従わうわけなかろう!」
「やはり……」
少【わか】いエウシェは灰心【かいしん】(失望)していているようだ。交椅【こうい】(折り畳み椅子)に独り坐る老いたイセが杖で地を叩く。
「当然だ。梁王は、まだ皇子であった。しかしジュレは、聖宗の子孫と言えど、もはや横帳(皇族)であるのみ」
「……」
「なにより天祚皇帝に親【みずか】ら位を譲る意〔志〕はない」
エウシェが首を回らす。
「タイシ=リンヤは如何?」
「梁王の葬儀はどうなったのですか?」
フティンと与【とも】に白衣を着ているタイシは静かに答えた。
「それは、まだ……。時も費もないので」
「……卿らの糧と兵は足りていないのですか?」
「それは……」
「爾らは、それをリンヤ軍に借りようと考えているのであろう?」
フティンが埃を払いながら寄った。
「そんなことは……」
久しく腕を組み、地を見ていたタイシは、ようやく顔を上げる。
「今、大遼の残余は、我らのほか、往住にして山谷・沙漠の間に竄【かく】れています。人・馬の飢えが甚だしいとか。また、ジュルチェンは、ネモホを留めて西方を経略させることにし、キタンのボデを西南路招討使、トゥシャンを西北路招討使と為しました。とくにボデは諸部の衝要の地を撰び、城市を建て、商賈と通じています」
「……もしかしたら、すぐそこまで来ているのですか?」
「はい。雲中に軍を駐しています。さらにオリブは夏国に和好を示したとか」
「……」
イセが顔をしかめる。
「そのような話を爾は何処で聞いたのだ?」
「ウイグル商人から」
「信じていいのか?」
「今のところ。……ところで南朝(北宋)は山西の諸城を割いてくれるよう請うているそうです」
「う〜む、ならば南朝に款を送るべきかな?」
「我は平州の張覚、燕京の郭薬師、開封の童貫に使を遣わし、道路の往来を阻絶させ、ジュルチェンに叛いて、そこから亡【に】げた辺民を招納してくれるよう書を以て告げました」
「おお!」
エウシェは大きく頷いた。イセは少し顔を傾け掌を指さす。
「しかし、張覚らが、その書をジュルチェンに見せたなら?」
「それで疑われるのは彼らのほうですよ」
「そうであろうか?」
エウシェが手で顔を覆う。
「……軍を一にできず、敵は近づいている。いったいどうしたらいいのだ?」
「皆、移りましょう。天祚軍もジュレ軍も。春になるのを待って」
「……ここ、トゥリブ部二営は安楽と言えないのか?」
「いいえ。より多くの兵を集め養うためです」
「遷るとして、……何処へ?」
「鎮州です」
「鎮州?」
エウシェが想い起こそうとして頭に手をやる。イセが頷いて言う。
「カトン城であったかな? そこが使われたのは、ずいぶん昔のことであろう?」
「はい。統和二十二年(1004年)六月初五日、承天皇太后(聖宗の母。睿智皇后)の奏によって置かれています。カトン城を鎮州と為し、軍を建安、節度使を置き、諸部族から二万余騎を選んで軍に充屯させました。専ら室韋・羽厥などの国を桿禦させたそうです。また、渤海・漢人そしてジュルチェンの配流の家七百余戸を鎮・防・維の三州に分居させました。上京から西北三千余里です」
「……」
「あいかわらずの博覧強記だな」
イセが嘆息し、エウシェが茫然とする。フティンは腕を組んで、タイシの代わりに誇っているかのようだ。
「さらに興宗の重煕四年(1035年)、時の彰愍宮使ハンギヤヌの上奏で壁塁を増修、楼櫓を繕完、城隍を浚治させたということです」
「そこは沃饒【よくじょう】の地。古くから匈奴・突厥・ウイグルなどの王庭となっていました」
「そこは今どうなっているのかね? そのハンギヤヌは近い地に徙【うつ】せと言っていたはず」
フティンが笑う。
「都点検も史書に通じていますなあ」
「はい。たぶん先の地と思われる所を、人を遣わして探らせたところ、城も在り、民も居て、耕種しているとのことです。これら西北界の防辺城をジュルチェンは、いまだ制していません。逆に、ここへ遷されていたというジュルチェン戸は故地に帰っているとか」
「しかし、すぐに使えるのか?」
「すでに修復し、糧秣を運ばせているところです」
「おおお!? さすがタイシ=リンヤ! もはや、何の憂いもない! さっそくジュレ郎君とディレ都統らに報じます。どうですか、イセ都点検!?」
「……いちおう上聞してみよう。しかし……」
首を振るイセに、フティンが問う。
「その天祚皇帝は、まだ猟から還らないのですか?」
「昨日、野にて終日飲んでいた」
「なんて危ない」
「マゴ都統・ジュリジャ太保・ヤブリ=シアンインらが兵を率いて護衛している」
「やれやれ。怜【あわ】れむべし(気の毒に)!」
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