皇天順ならず(高汝蓮)第41話

 穹廬の戸を開く。
 伏していた者が被【ひ】(ふとん)を撥【は】ね、躬を起こし座りなおして稽首する。侍女らも俯伏した。
「おお、これは閤下【こうか】(閣下)! わざわざ……」
 タイシが制するかのように麾【さしまね】く。
「そのまま、そのまま。起きなくていい。李令史、状は如何?」
「はい、もう、かなり好くなっています」
「うむ」
 タイシは微笑んだ。
「しかし、閤下はないぞ」
 スンシャンがタイシに布袋をわたしながら言う。
「穹廬を室と為し、酪【らく】(牛乳などから造ったもの)を漿【しょう】(飲物)と為すというのは、漢人に合わなかったのかな?」
「いいえ、そんなことはありませんぞ!」
「薬種を持ってきた」
 タイシが布袋を開けた。
「ほう。ええと」
 李は干した薬草を手に取る。
「よくこのようなものを。どうやって?」
「ウイグル商人が齎【もたら】した」
「ウイグル? だいじょうぶなのですか?」
「彼らも漢人の商賈から買ったらしい」
「それならば」
 李と与に跪いていた女が李から薬草をうけとる。
「リンヤ。ウイグル商人のひとりがセミスケントから来たと言っていましたね」
「ああ」
「そのセミスケントは、察するに『大唐西域記』の康国でありましょう」
「やはりそうか?」

 タイシらは穹廬を出た。
「さて、次は……ああ、そうそう、馬から落ちた者がいたはず。その者の所へ行こう」
「リンヤ親ら廻るなんて。皆、驚いていますよ」
「すでに祭器は全て調った。内禅の儀を行うまでひまなのだ。……創【そう】(きず)はどうなのかな。どの薬を傅【つ】けてやろうか」
「……リンヤ、もしかしたら、試していませんか?」


「商人らは何を告げてきた?」
 フティンは牀に舒【ゆる】やかに坐っている。手に盃。
「張覚が宋に帰していたそうです」
 タイシは穹廬内を彷徨【ほうこう】(うろうろ)していた。
「敗れてばかりなのに? ジュルチェンから離れたのか?」
「はい。たぶん、郭薬師らの誘いが有ったのでしょう」
「ふ〜ん。ほかに?」
「九月六日、ウキマイが位に即きました」
「……何の争いもなく?」
「そのようですね」
「う〜む、遺憾だな!」
 そこへ馬の嘶【いなな】き。
 オリラが戸を開く。
「リンヤ! 候騎が還ってきたようです」
「そうか」
 タイシは外に出た。
 三人の兵が趨り、タイシらの前に到り跪いた。
「……」
 兵は俯いたまま、口を開かない。タイシが少し屈んで問う。
「如何した? 速く告げよ」
「……梁王が薨じました!!」
「は!? もういちど、詳しく話せ!」
 もうひとりが語る。
「はい。梁王は疾を致し、薨じたもようです」
「……」
 タイシが黙ってしまった。皆も、ことばを忘れたかのようである。
「疾なぞ、我らは知らされていなかったぞ!」
 フティンも穹廬の外に出てきた。
「天祚が害したのかな?」
 皆、フティンをにらむ。
「戯言だよ。戯言!」
「……こんなときに!」
「まさか!? 何かのまちがいだ!」
「嘘だろ!?」
 皆、為すところなく叫ぶ。オリラが手を挙げて、それを抑えた。
「そう思いたい。しかし、もはや、天祚も聞いていることでしょう」
 フティンが使に尋ねる。
「テムゲやディリらは何をしていた? まあ、いずれ彼らのほうから報じてくるであろうけれど」
「それが……王子班郎君のジュレを立てるとのことでした」
 テゴが問う。
「誰だ? それ?」
 スンシャンが答える。
「聖宗皇帝(第六代)の子孫だ」
「う〜む。また、かってなことを! もう、だめだな」
 フティンは己の頭を叩く。
「天祚も皇子の梁王なら赦すであろうけれど、なあ? リンヤ」
「我は今から天祚の営へ行きます」
「何をするつもりだ? 諸将相は倦【う】んでしまっているであろう。むだだよ」
「それなら我らが動きましょう」
「どうするつもりだ?」
「張覚と郭薬師に使を遣わしましょう」
「彼らが応じるか?」
「ジュルチェンを惑わす為のみです。やすやすとジュルチェンに天祚を獲させません」
 タイシは天を仰いだ。
「忙しくなる……」


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