皇天順ならず(高汝蓮)第40話

 テムゲが独り起き(立ち)、皆の前に到る。
「天祚は神暦(梁王)に禅【ゆず】るべきだ!」
 腕を背後で組み、首を廻らす。諸将相が相向かって坐っている。
「ジュルチェン国は建って僅か九年。大遼は二百十八年だ。いまだ威令は及んでいる。キタン人の諸将相ですら多く叛いたことからわかるように、彼らは天祚でなくアクタを撰んだのみ。大遼を棄てジュルチェンに入ったのでない。……そう思わないか、ティイ都統?」
 ティイは席を叩く。
「梁王こそ罪を請うべきであろう!!?」
 ティイの向かい側に坐っている者が語る。
「請えば、天祚は神暦に死を賜う! かの順宗のように、な」
「禅れば、梁王は我らを害するであろう。エウシェよ」
 エウシェは顔をひきつらせる。
「天祚が嘗て道宗の故臣を誅し、その家属を群臣に分賜したようにか?」
 老臣が手を揮る。
「彼らは逆臣であったのだ。順宗を弑したのであるから」
「イセ都点検、神暦は卿らを旧官を以てします」
「それはどうだか……」
 イセはタイシらを顧みた。
「……梁王はタイシ=リンヤを兵馬大元帥と為そうとしているとか」
 テムゲが頷く。
「汝は天祚皇帝に反き、庶人ネリを擁し、秦王を迎え、行宮に奔り、アクタに服し、いま復た帰したとおもえば、次に梁王を立てようというのか? いや、汝も帝位を欲しているのかな? それで、このように内禅を進めているのであろう?」
 皆ざわめいた。タイシが口を開く。
「我は罪を請いましょう。しかし、いまだ梁王は教(諸王の命令)を出していません。梁王に責はないのです。もちろん有れば、我は辞〔退〕するでしょう」
 ティイが突として起き、タイシに迫る。
「汝は独り亡帰した! 我らの妻子を残して! 何故だ!?」
 テムゲらがティイを抑えた。
 タイシの隣に坐っていた者がティイの面前に手を出す。
「タイシ=リンヤも妻と離れたという。それにフティン=リンヤらと共にジュルチェンの営を出た」
「その妻はアクタから与えられた者であろう!」
 ティイはテムゲらの手を払いのけ席に退いた。
 タイシの隣の者は起きて見回す。
「爾らは、主が天祚であろうと梁王であろうと、共に輔けなければならない。あとは父子の間のこと。梁王を天祚に見えさせ、決めさせるべきであろう」
 皆、黙る。おもむろにマゴが謂う。
「トゥルブ部のオゴよ、どのようにして見えさせたらよかろうか?」
「我の営において会わせたらいい。我が斡旋する(仲を取り持つ)」
 テムゲが問う。
「いつ?」
 皆、各しゃべりだす。フティンが掌を叩く。
「十月十五日は? 梁王の誕日だ」
 皆、頷いた。
「その日まで諸将相は散卒を招集すること」

 タイシらが営を出、馬を駆る。
 少【わか】い兵らしき者が近づく。
 顔を見てフティンが言う。
「誰かと思えば……“旧時の裳を脱ぎ、戦時の袍を着け”(無名氏“木蘭詩”の一節を模倣)だな」
 フティンやオリラは笑った。
 テゴがエンシャンに小声で尋ねる。
「何のことだ?」
「おれに聞いてどうする!」
 タブエンは男らと轡を並べた。口を閉じたまま。
 オリラが問う。
「何だ?」
「……」
「兵ならば何らかの報であろう?」
「……大長公主(天祚の叔母)がリンヤの営に行きます」
「ほお! ……で、どうして?」
「……」
「ああ、もう!」
 テゴが鞭を鳴らす。
「このあいだ女装して我らを射かけたかと思えば、いま兵装し報を秘して語らん。いったい何なんだ?」
 タブエンはテゴをにらむ。テゴは笑い戯れにたじろいた。
「まあ、いい。行けばわかることだ!」
 タイシが微笑する。
「先の射箭、善かったぞ」
 タブエンが顔をあからめる。
「……リンヤ?」
「うん?」
「妻を娶ったというのは、ほんとう?」
「ああ」
 タブエンは鞍橋子(鞍の前後にある突起)を見ている。
「そのひと美人だったの?」
 タブエンが愕いたように顧みる。テゴらが玩【もてあそ】ぶように話す。
「わたしとどっちがきれい?」
 タブエンは、すばやく弓袋に手をやる。
「わあ!?」
 テゴらは牽控を引き、散じる。

 彼らは拒馬(柵)に至った。
 旗幟と車馬。老女が下りる。侍女らがそれを支えた。
 タイシらも馬を下り跪く。老女は膝に手をそえ腰を折る。侍女らが次ぐ。
「タブエン!」
 鋭い声。
「あなたを使いに出したつもりはありませんよ」
 タブエンが肩をすくめる。
「それに、その衣装。袍ならまだ……戎服なんて。今から戦に出るつもりなのですか!?」
 タイシが起き、趨り、再拝。
「梁宋大長公主……」
「爾は何故、この営の女子を放って去ったのです? また、どうして妻を携えて還ってこなかったのですか?」
「!?」
「キタンの女は多く奪われ減っているのです。そこで、わたしが師となって教え育てることにしました」
「はあ」
「いずれ、どれもキタンの男子に帰【とつ】がさせなければなりません。そのため婦道に遵わせ猷に順わせ(しつけ)ています」
「……」
「爾らも早く娶りなさい!」
 大長公主はオリラらを視た。
「そしてリンヤは後妻を!」
「そうそう。“丈夫は多く新しいのを好む”(傅玄“豫章行苦相篇”)だ」
 フティンが笑って言った。大長公主が目を怒らす。
「うるさい!」


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