皇天順ならず(高汝蓮)第39話

 タイシらが営に入った。
 フティンらが邀える。
「リンヤ、梁王の安否は如何?」
「安し!」
 タイシは馬を下り、牽控(手綱)を兵に委せた。
「ほんとうか?」
「少し痩せたような」
「……そうか」
 タイシがフティンと共に歩く。オリラらが随う。
「ところで……」
「?」
「天祚皇帝の使が来た」
「え!?」
 タイシが止まる。エンシャンがジャラーブにぶつかった。
「いつ?」
「さきほど」
「その使は?」
「すでに還った」
「還らせたのですか……」
「いけなかったかな」
「……何を言ってきましたか?」
「……」
 フティンは黙った。
「フティン=リンヤ?」
「フティン都統は梁王の営に行きたかったのだ」
 ジャラーブが突然しゃべった。皆、顧みる。
「梁王に会えるかどうか、わからなかったのですよ」
 タイシがフティンに告げた。
 フティンが一笑する。
「そんなことはない……。ただ、サランに……梁王に久しく見えていなかったのでな」
「酒を飲みたかったのでしょう?」
 エンシャンらが笑う。
「何を言う! ……召しだ」
「は?」
「九月九日だ」
「……」
「どうする?」
「行きましょう! 早晩、見えなければならないと思っていました」
「害されますよ!」
 エンシャンがタイシに寄った。
 フティンが言う。
「宴を設けて誘い、執らえて殺す、か。よく使う法だ」
「天祚は将兵を欲しています。そんなことはないでしょう。しかし、こちらも兵を伴わせます。虎を射るのですから、それでいいでしょう」
 皆、頷く。オリラが山を眺める。
「こんな所に虎がいるのかねえ……」
 エンシャンは林を望む。
「さあ……。それより、天祚やマゴ都統の兵と争うことになりませんか?」
「わからん」

 天祚は群臣・部族を率いて虎・兔・鹿を射た。
 射るのを畢らせると、高地を択び、帳を卓させ(立てさせ)、臣僚に菊花酒を賜る。兔の肝を出して切り、鹿の舌を醤と為して拌【かきまぜ】て食べた。また、茱萸【しゅゆ】(かわはじかみ)を以て、酒を研ぎ(清め?)、帳の門戸の間に洒【そそ】いだ。大いに宴し、各に詩を賦させた。
「皆、惶懼している」
 マゴがタイシと同じ氈に坐り、小声で語った。
「都統の兵と故燕京の兵が聚【あつ】まっただ。愕いたのでしょうな」
 フティンが応えた。
「タイシ=リンヤは先に梁王に見えたのだ。諸将相は、リンヤは梁王に附いた、と思っているのであろう」
 盃に酒を注ぎ、フティンはマゴに進めた。
「都統は?」
「……我も驚いた。リンヤが兵を率いて牙帳の前に来るなんて。天祚に退位を逼るのだと思ったぞ」
「そのつもりでしたけど」
 タイシが口を開いた。
「ほんとうなのか? ……しかし、卿は皇帝を拝するのみで、皇帝も、それを犒【ねぎら】うのみであった」
 マゴは酒を飲み、タイシに進める。
「都統に阻まれるものと考えていましたので……。それなのに都統の兵は全く動いていません」
「逆に何か策のあるのを察したのか? そんなものはない。我は上京を復せなかったものだから、官を奪われ、爵を削られた。我は、もはや都統でないのだ」
「はあ!?」
「そんな!?」
「たぶん、ソンシェウヌ大都督が、卿は大遼に再帰したのだ、と、諸将相・諸部族に説いたのであろう。内禅はある。やがて梁王を以て儲君と為すつもりだ」
「それならば……」
「困っているのは梁王が先に号を称えてしまったことだ。それを謀反としている者も諸将相の中にいる。そのことを考えると、リンヤの兵の重さを伺えるな」
「……」
「そうだ、そうだ」
 タイシは黙り、フティンは嬉しそうに酒を飲む。
 マゴも侍している者に酒を注がせる。
「さて。ジュルチェンの営はどうであった? 兵は? アクタは……もう死んでしまったらしいけれど、どんなやつであったかな?」
「およそ師を用いるとき、上から下に至るまで、飲酒会食において、ほぼ父子兄弟らと列を間【へだ】てることをしないようです。ゆえに上下の情は通じ、閉塞の患いはありません」
「ふ〜ん」
 マゴは周りを観る。己に侍している者や、エンシャンらが立っていた。
「ただ、大小となく必ず郎君を以て、兵を総【す】べます。卿相をいえど尽く郎君を馬前にて拝し、郎君は礼を為しません。奴隷の如く役使します」
「ふん」
 笛が吹かれ、鼓が撃たれ、箏が弾かれる。
 歌舞・角觝【かくてい】(相撲)・雑劇が進められた。
「酒が足りないぞ! ……しかし、よく、こんなことをする余力が有ったなあ」
 フティンが盃を揮【ふる】う。
 マゴが人を呼ぶ。
「……夏国王李乾順が使を遣わし、その国に臨むこと(天祚の亡命)を請うたんだ。そこで天祚は李乾順を夏国皇帝と為した」
「で、西夏から援が来たのか?」
 フティンが起き、代わりに酒樽を受けとる。
「ああ、兵は至らなかったけどな」
「天祚は兵馬・輜重ともに足りないのか……」
 方響・金鉦まで撃たれ、皆、起き、手を叩く。
 マゴらは坐ったまま。
「やはり、ここはリンヤと、その兵と……財を!」
 タイシはマゴを顧みた。彼も手を叩き、舞を観ている。
「……財?」
「我は知っているぞ」
「何のことでしょう?」
「燕京においての戦いのおり、宋軍は輜重を残して退いた。その多大な輜重は何処に消えたのだ?」
「……」
 フティンが腰を折り、タイシとマゴを見た。
「我は知らなかった。……リンヤが保持しているのか?」
「ほとんどを燕京に入れました。あとは奚王府に」
「そんなはずはない。まずクリブが抛っておかないであろう。彼は貪欲だからな。その奚軍は飢えて、むりな戦いを強いられて敗れた。また、なぜジュルチェンは卿を害しなかったのか? さらに、どうして天祚皇帝は卿を誅しないのだ? もちろん卿の名望もある。しかし、卿が去ったのち、卿の営を保っていたのは何だ?」
 タイシは目を伏せ、再び開ける。
「いま言えません。しかし、いずれ……」
 マゴが頷く。
 フティンは膝を撃った。
「つまり、リンヤと共に居れば、酒を欠く、なんてことないのだな」
 マゴとフティンは大笑いした。


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