皇天順ならず(高汝蓮)第38話

「ジュルチェンが青塚寨を囲んだとき、我らは軍中に在ったんだ」
梁王が言った。彼らは泊水の側に布いている。
「我らは主上(梁王)をさし挟んで出走。間道を行き、陰山に至った」
テムゲが話しながら、人をして角〔笛〕を吹かせる。まるで鹿の鳴くのを効【なら】って(まねて)。
「太上皇(天祚)が利を失い、雲内に趨ったことを聞き、馳せ赴いた。時に扈従者は千余人。天祚より多かったようだ。そこで太上皇は、我らが変を生じさせると慮ったのか、誅しようとしたのであろう。責めるのに諸王を全て救えなかったことを以てし、詰【なじ】り訊【と】うた」
鹿が水を飲みに集まる。
梁王は微笑し小声で語る。
「仗剣(武装)して我を召して問うた。“テムゲは汝をして何を為そうとしていたのか?” 我は“他言なし”と対【こた】えた。けっきょく釈されたけどな」
梁王が手で指示した。皆、一斉に鹿を射る。
宴。
楽を挙げる(演奏する)。おたがいに酬酢【しゅうさく】(主人と客が酒を勧め合う)して、賀語を致す。
「太上皇は河を渡り夏に奔ることを決意していたようだ。従臣は切に諫めたけれど、聴かなかった。人情は惶懼し、為すところを知らないといったようす。我はウチに陰かに謂ったよ。“事勢は此くの如し。億兆は離心し、正に我輩の効節の秋(忠節を尽くす時)。早く計を為さざれば、社禝を奈何せん”とな。遂に共に梁王を擁し西北諸部に奔った。後三日、群僚は共に立てて主と為し、神暦と改元。我が枢密使と為り、テムゲを副とした」
その枢密使とやらがタイシを顧みる。
「主上の性は寛大で、誅殺を悪【にく】む。亡【にげ】る者を獲たところで、これを笞うつのみだ。自ら帰る者有れば、すぐにこれを官する。因って左右に宣べた。“附こうと欲しているのであれば来帰する。附こうとしないのであれば則ち去るものだ。どうして威して逼【せま】らねばならんのだ?”と」
ほかの者が口を開く。
「まだある。従行して疲れ困っている者有れば、たちまち、かれに振るまい給うんだ。直長が諫めた。“今、国家は空虚なのに、賜賚を此くの如くすれば、まさに何を以て相給うのですか”と。主上は怒り“昔、福山で畋したとき、卿は猟官を誣〔告〕した。今、復た此の言有り。もし諸部なければ、我は何を取らねばならんのか?”と謂って、納れなかったね」
テムゲがしゃべる。
「初め、群牧に令して塩泊の倉粟を運ばせたところ、民が盗んだらしい。そこで籍を議って償うことにした。主上は、すぐに自ら直と為し(?)、粟一車ごとに一羊を償い、三車に一牛、五車に一馬、八車に一駝とした。左右が奏する。“今、一羊を粟二斗と易えようとして得られませんでした。それなのに一車を償うなど!?”と。主上が詔した。民有って我有り。もし償いをなくせば、民がどうして堪えられようか”、だぞ」
テムゲは笑い、女をしてタイシに酒を進める。
「主上は卿を、附くならば天下兵馬大元帥に為そうと欲している。親王と同じ、ほとんど皇太弟だ!」
鼓が撃たれ、人が舞う。
梁王も起き、舞った。
テムゲらは立ち、手を叩く。
「いいところばかりですね」
「ああ」
オリラの言にタイシは軽く応えた。
「それはどうかな?」
「エンシャン、何かあったのか?」
エンシャンはタイシらのほうに屈んだ。
「梁王は日に、しだいに荒れ、怠け、鞠を撃つのを好んだそうです。テムゲ太保が切に諫めたので、もう〔鞠撃ちに〕出ないようになったとか」
「ほう。それも、どちらかというと、いいことであろう?」
オリラは梁王の舞を見、手を叩きながら耳を寄せた。
「ほかに、ディレは……」
「は!」
侍していた少年のディレが声を挙げた。エンシャンは苦笑いして手をふる。
「違う違う。……枢密使のディレは、西北路招討使チウリが、衆の心をまどわし、臣となるつもりのない〔意〕志をもっている、ということで〔弾〕劾し、その子マネと並びに誅させました」
「梁王は制することできないのか?」
オリラが尋ねた。
「そうなんだ」
「……」
「また、エウシェというものを招討使に為したのですけれど、諸部と戦い、しばしば敗れるので、杖して官を免じました」
「う〜ん。兵も弱いのか」
オリラは腕を組む。
「それに……」
「まだ何かあるのか?」
「うん。これがいちばん大事だ」
「?」
「彼らが北に走り、沙嶺に至ったとき、蛇が道に横たわり過ぎるのを見たらしい。識者は不祥だといっているぞ」
「はあ?」
第39話へ(続きを読む)

作品紹介へ

一覧へ |