皇天順ならず(高汝蓮)第31話

「えー、いっちゃうのー」
 ユリエンが舞をやめた。
「声が大きい」
 慌ててタイシが周りを伺う。外、氈の上にタイシは坐っていた。そこへ侍女らが衣服・酒食を運んできている。
「安心して、みんなキタン人だから」
「ここ数日中に。ウキマイとやらが来る前に何とか。そこで、できれば諸王・公主・妃嬪・将相らの望む者とともに」
「そんなやついるかしら? みんなジュルチェン人を怖がっているんじゃないの?」
「……」
「シェンス老なんかは、じぶんの子をジュルチェンに仕えさせようとしているわ。デュエもジュルチェンの遺言・旧事とかを採セキ[てへん・庶](ひろう)しているの。まあ、強いられているのだろうけれどね」
「そうですか」
「それに、わたしもだめよ」
「え?」
「足手まといだわ」
「そんな!?」
 ユリエンは微笑む。
「べつにオリブを好いているわけじゃないけれど……いいじゃない。それより、リンヤは妻子をつれていくこと!」
「公主!」
「とにかく! わたしは動けないの! そのかわり助けてあげるわ。ジュルチェン兵をじゃましてやる!」
「……」
 ユリエンは再び舞った。
「それとね。諸王もだめ」
「え!」
「趙王はあのとおり。弟らは……わかるでしょう? いちど擁立したのだから。みんな天祚の子よ。私を含めて。遊んでばっかりで、まったく幼いまま!」
「いえ、そんなことは……」
「正直に言っていいのよ。それに梁王が自立したのであれば、もう必要ないわ」
 跪いているタイシは面を下げる。ユリエンが舞いをやめて屈み、タイシの顔をのぞきこむ。
「タイシ=リンヤ?」
「はい?」
「わたしとしてはね……」
「?」
「やっぱり黙っておくわ」
 ユリエンは侍女の持ってきた衣服をひろげる。
「それは?」
「キタンの服よ。わかるでしょ? ジュルチェン人に与えようかなあ、と思って」
「は?」
「ジュルチェン人は燕京の財物を掠めたわ。しかし、それらは権貴にしか賜れていなくて、庶人は得られなかったの。だから、その代わりに」
「はあ……?」
「どうかして? 私も縫ったのよ」
「ええ!?」
「なによ?」
「いや」
「ジュルチェン人の婦人服を、み〜んな大遼の服にしてやるの! ついでに舞・楽を教えてやるわ」
「それは、もしかしたら?」
「じきに大遼国が亡んでしまうので……じゃないわよ。ちゃんとキタンの娘子に授けてあるわ」
「そうですか」
「リンヤの営に居た女は、みんな踊れるわよ。たとえば……そうそう、タブエンも」
「!?」
「あの子は弓矢ばかりでなくってよ」

 タイシが穹廬を離れる。
 ウグナイらジュルチェンの将兵が近づく。
「もう、いいのか?」
「はい。感謝します。郎君」
「う〜ん」
「なにか?」
「あまり郎君などと呼ばれていないのでな」
「ジュルチェン人にしてみれば皇弟でしょう?」
「異母弟だ。それに、いまだ何ら功を立てていない」
 ウグナイは一人馬に乗る。タイシと兵らは徒歩。
 タイシが言う。
「大遼太祖の皇子は四人。長子の義宗は渤海を平らげ、弟に帝位を譲ったものの、疑われたので他国へ適【ゆ】き、漢人に害されました。即位した次子の太宗は晋を滅ぼし、国号を建てたのに、疾を得て路で崩じています。第三子の章粛は党項を伐ち、皇太弟となったけれど、子の謀反によって獄中で死にました」
「?」
 ウグナイはタイシを顧みた。
「ただ一人の異母弟、第四子ヤリガ=テギンは〔後〕唐の獲るところとなりました」
「……そうなのか」
「はい。しかし生きて還ってきました。大遼国二百年。子孫は名を知られています」
「子孫……か」

「フティン=リンヤを信じていいのですか?」
「うむ」
「もしグシェンの謀であったら」
「それについて我も考えた」
 タイシは腕を組んでいる。オリラは荷を担いでいた。
「卿のほうはどうだ?」
「クレルが沙漠で待っています」
「そうか……」
「リンヤのみでしたら、すぐに、なんとかなるのに」
「そうはいかない」
「なぜ?」
「己のみを得て、どうして、ほかのキタン人に見えられようか」
「もしリンヤが残りたいと思っているのであれば、我らも従います」
「そうだな、このままジュルチェンに降ったことにすれば、キタンの故地に帰れるぞ」
「はい」
「しかし、我はいい。このままだと卿らは奴婢のごとき扱いを受ける」
 タイシが笑った。
「そんなこと……。帰るのならリンヤとともに。いかなる境遇であろうとかまいません」
 タイシは遠くを見た。
「しかし、この穹廬は囲まれているなあ」
 多くの鉄騎が集まっている。その中に、ひときわ大きな男が鎖を引いていた。タイシはオリラを見る。オリラが笑って頷く。
「我らもフティン=リンヤの計に何か加えておこうか」


第32話へ(続きを読む)

作品紹介へ

一覧へ

クリックでホームへ戻ります
back to home