皇天順ならず(高汝蓮)第25話

「読んでくれ」
「は!」
 オルに言われ、胥吏らしき者が書を開く。
「昨年十月五日、宋は、燕京を改め燕山府、タク[さんずい・豕・丶]・易・八州に並びに名を賜る。四月十日、大金国は使者を遣わして誓書および燕京・タク・易・檀・順・景・薊州を以て宋に帰す。十七日、宋の太師童貫・少傅蔡攸が燕に入る。時に大金国は燕の職官・富民・金帛・子女を内地に徙【うつ】していた。二十七日、宋は班師する(軍を帰す)」
 オルは頷きながら聞いていた。
 タイシがオルに尋ねる。
「今、燕京に南朝の兵はいないのですか?」
 オルが答える。
「いいや、屯しているのであろう。数はわからない。宋は王安中なる者を知燕山府としている。しかし郭薬師が同知燕山府を拝し、常勝軍三十万を擁しているという。常勝軍は肆横【しおう】(ほしいまま)にしており、これを郭薬師は右【ゆう】して(すすめて)いるらしい」
「郭薬師!」
「リンヤ、どういう者なのだ、彼は?」
「渤海鉄州の人で、宣宗が募った怨軍の渠首【きょしゅ】(かしら)です。のち奚王が二千人を留めて四営とし、郭薬師らを将としました。宣宗が建号(即位)するに及んで怨軍を改めて常勝軍、薬師を擢【ぬ】いて諸衛上将軍・タク州留守に至らせています。去年九月二十三日、所部八千人を擁し、タク・易二州を奉じて宋に降りました」
「八千? 三十万というのは報の誤りかな?」
「兵を募って増やしたのでしょう。しかし、多すぎます」


 オリブが語る。
「四月……十九日、大金は人を遣わし、遼主を招きました。二十日、遼主は、和を請う、と答えています。二十三日、趙王が執らえられたのち、天祚は使を遣わして兔紐金印を送り、降ることを請い、これを我が受けとりました。しかし、その文を視ると“元帥燕国王之印”です。遼主は偽ったようで、西の雲内に遁れました。二十……六日かな。我は書で招き、諭すのに“石晋北遷事”を以てしました。その書に答えて……。すみません、忘れました。ええと、二十九日、ふたたび書を。和を請うのを許さない、としています。つまり、大金国としては降って欲しいということですよ」
オリブが去る。二人は外まで出て見送った。
「ところで、オリブと公主のことを、爾は知っていたのであろう?」
「いいえ、べつに……。二太子が公主に興趣(興味)を持っているであろうと察していたのであって、まさか、それに公主が応えるなど……」


 タイシとオルが坐った。
 大きな穹廬。侍臣が出入りする中、ネモホも厭そうな顔をして立っている。
「何でしょうか?」
「爾が任されている張覚のことを話してくれ」
「耶律翰林にですか?」
「うむ。皇上の許しを得ている」
「……」
「茶も出ないのか?」
「いま持って来させます。しかし翰林は、ここでの飲食をしないでしょう」
「?」
「皇上の賜った宴で、ほとんど口にしなかった。昔、遼太祖(耶律阿保機)は即位の前、諸部の大人と会した時、その傍らに兵を伏しておいて、酒酣に発し、諸部大人を尽く殺したという。翰林は、そのことを思いだし、先の宴でキタン人が鏖殺されると考えたのでしょう」
「そんなことはなかろう。なあ、リンヤ?」
 タイシは黙っていた。
 徐にネモホが坐る。
「大金国は張覚を臨海軍……修海軍であったかな……節度使とし旧によって知平州事に任じた。しかし我は左企丘に、精二千余騎を遣わし先に平州を下し、覚を擒にしようと告げた。左企丘らが然りとしたのに、康公弼が、覚の未だ甲を解かない所以は蕭幹を防ぐためのみ、と言うのでな」
「康とやらは覚と善くしていたのか?」
 オルが聞く。
 タイシが話す。
「康参政……彼は、むかし、平州の守臣でした」
「そうであったのか」
 オルが頷く。
 ネモホが話を続ける。
「……我は信じた。このとき大金国としては、平州を南京とし、張覚に同中書門下事・判留守事を加えている。このころ枢密院を広寧府(遼寧北鎮)に置いたんだ。そこで左企丘・虞仲文・曹勇義・康公弼らを広寧府に赴かせようとした。皇上が兵を以て送ってやろうとしたところ、企丘らは、かくの如きは乱を促すこと、と言って兵を辞してしまったよ。平州を過ぎたあたり、栗林の下に舎【やど】っていたとき、張覚は人を使って、かれらを縊【くび】り殺した」
「え!? 四人とも? 虞参政も殺されたのですか?」
「ふん? そうだ」
「何ということを!!」
 タイシが頭を抱える。
「張覚は何を考えているのだ?」
 オルが首を傾げた。
 タイシが言う。
「……ジュルチェンは燕京の民を虜【りょ】(とりこ)とし、上京に遷そうとしたのでしょう? たぶん、その遷徙・流離の苦しみにたえられず、張節度に訴えたのだと想われます」
「我らに非があると言いたいのか!?」
 ネモホが大声を出した。
 タイシは語る。
「遼太宗は、石晋を滅ぼした時、負義侯(後晋の出帝)らを黄龍府に、諸司僚吏を上京に送り、兵に芻【すう】(まぐさ)粟を掠めるのを縦【ゆる】し、民の私財を括【くく】りました。その後、太宗は俄に疾を発して崩じ、開封を劉知遠(五代後漢の高祖)に奪われています」
「……」
 ネモホが黙ってしまった。
「虞仲文らの仇を討ちたくないか?」
 オルが声をかけた。
「……今、張覚は何をしていますか?」
「話によると、保大三年と称し……」
「デ=ボギレ、よけいなことを言わないほうがいい」
「リンヤに真を伝えよと、皇上は宣わっている。それに、イライ=ボギレよ、これくらいでリンヤは動揺しない」
「……」
「……覚は、節度使庁に天祚の像の絵を奉安して、およそ事を挙げるに〔絵に向かって〕先に告げ、そののち行っているらしい。覚は燕人の留守を除くの外、尽く復業を許し、所有していたけれど、逐われた戸・抛下された田宅で、常勝軍の占めていたものを、悉く返すとしている。リンヤ、張覚をどう想う?」
「彼は平州義豊の人。つまり今、出身地に居るということです。また彼は進士に第(科挙合格)していました。州人は同郷の官員を推して州の事を領させたかったのでしょう。内に平州の兵を用い、外に南朝の援を借り、奚王と通好して緩急を求めれば懼れる所などない、と慮ったのでしょう。しかし、張覚は、じっさいに兵を動かした経歴を持っていません。たぶん覚は軍事に長じていないでしょう」
「よし」
 オルが膝を叩く。
「ネモホ! 攻め落とせ」
「もちろん初めから、そのつもりだ! ……です」
「それは、どうでしょうか?」
「何?」
「平州は形勝の区、地方数百里。やすやすと陥れられません」
「爾は大金の兵に敗れ、虜となったのに!」
 ネモホがどなり、立とうとする。
「リンヤは遼興軍節度使として平州を治めていたのだ。彼の言は聴いていたほうがいいぞ」
 オルが手をネモホの前に出して制した。


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