皇天順ならず(高汝蓮)第21話

 甲士、甚だ盛ん。
 皆、鉄の重そうな札を被っていた。
 旗は黒を主としている。
 ほかに日旗と月旗が、たがいに間をおいて陳んでいた。
 日旗は紅いろの“うすぎぬ”で日をつくり、黄旗の上に刺して(刺繍して)ある。
 月旗は素帛【そはく】(しろぎぬ)で月をつくり、紅旗の上に刺してあった。
 衣は白を好むようだ。
 男子は小窄【しょうさく】(つつそで)をきている。あたまの後の髪を留めた弁髪を色のついた糸で繋ぎ、頂(あたまのいただき)に巾をかぶっていた。
 婦女は衣を極めて寛く大きくしている。盤髻【ばんけい】(=あたまのうえで、たばねている)にし、冠をしていない。
 皆、貴賤なく尖頭靴をはいていた。
 馬はいる。しかし牛に物を負わせ、鞍をのせて乗るものもいた。
 屋舎・車帳の口は東を向いている。

 タイシは兵に引かれ、歩いていた。
 数騎が至る。
 “得勝”旗。しかし短い弁髪であった。
 タイシが口を開く。
「……ユドゥク都統?」
 その者が馬を下りる。タイシと兵らが止まった。
「遅かったなあ! 待っていたのだぞ!」
 彼は笑う。
「どうして早く帰服しなかったのだ?」
 その面は、ひきつっているかのように見える。
「燕王のことは善い。秦王のことも誤りでないはず。しかし後で天祚の処に還ったのは何故だ?」
 タイシはユドゥクをにらむ。
「その顔は何だ? 天祚に叛いたことか?」
「違う」
「う……ん?」
 ユドゥクは考えるようなそぶりをした。
「そうか、天祚の営のことだな」
 タイシはべつに頷かない。
「もはや天祚は人主たり得ない。しかし海内は速やかに定まらなければならないのだ。それなのに天祚は逃げてばかり。わかるであろう?」
 彼はタイシを縛っている縄に触れる。
「もう少しのしんぼうだ」
 ユドゥクは兵を顧みながら、タイシにささやく。
「卿のことを……よく話しておいた」
 ユドゥクは、もう笑っていない。
「……また後で」

 ユドゥクが去ると、ワンギヤ=オルが来た。
「タイシ=リンヤ」
 オルは、すでに遠くなったユドゥクの姿を見ながら語る。
「彼は何を話した?」
 タイシは黙っている。
「たぶん焦っていたはずだ」
「?」
「エリ=マジェなる者が、ユドゥク・ウチウ・ドラは結党し謀反しょうとしている、と告げたのだ」
 オルはタイシのほうに顔を向けた。タイシは首を傾げる。
「ユドゥク等は収捕されて、大聖皇帝に召され戦慄していた。皇上はドラを杖七十余にしたのみで、あとを不問にしたよ」
 タイシは少し疲れたようにしている。
「ところで」
 オルは静かに言う。
「趙王シニレを獲たぞ」
「え!?」
「兵五千余を率い決戦をいどんできたのだ」
「趙王が」
「これを二太子……オリブは千の兵を以て撃敗した」
「……」
「それとな、伝国璽を得た」
「!?……どこにあった?」
「桑乾河の営らしい」
「桑乾河?」
「去年正月、遼主が雲中にむかったとき、遺してきたということだ」
「……それで、天祚は?」
「遼主は相去ること、あと百歩のところで遁去してしまった」
 タイシはつぶやく。
「またか」
 オルも困った顔をした。
「オリブは、さらに二十余里を追い、その従馬を尽く得た、といっている。別のものは牧馬万四千匹・車八千乗を獲たらしい。もう天祚は何一つ持っていないであろう」
 タイシは力無く地を見た。
 オルが声をかける。
「話は変わる」
 タイシが顔を上げた。
「オリブが呆としている。どうしてか知らないか?」
 タイシは久しくして苦笑いする。
 オルは、それを見て目を瞬かせた。
「何だあ?」


第22話へ(続きを読む)

作品紹介へ

一覧へ

クリックでホームへ戻ります
back to home