皇天順ならず(高汝蓮)第20話

 闇。
 騒がしくなった。
 馬のいななきと人の声がする。
 扉が開いた。
「ん? 暗いなあ」
 入ってきた者は扉の外に顔を出す。
「灯りをつけろ」
 兵が入ってきた。
 灯りに照らされた男は目を閉じ端座している。
「ちゃんと食べているのか?」
「……」
「キウキンというものが、興中府に党を聚め、乱を為していたところ擒にされた。しかし四月十日、爾が生獲された翌日だな、自殺したという。知っているか?」
「……」
「また黙ったままか。まあ、いい。かってにしゃべる」
 その者は男と相向かって坐った。
「あの後、オリブらは遼帝を追った。二十騎で敵を候【うかが】わせ、遼軍三千人を三山で敗ったぞ。また千人有って奉聖州に趨ろうとしていたのを敗り、その主帥を擒とした。爾の麾下か?」
「……」
「安心しろ。爾とともに擒となった兵らも、殺されることなく、この営に居る。甲を解かせているけれどな」
「……」
「そのほか、梁王と爾の営は見つかっていない」
「……」
「何故、爾のみを引いて郷導(道案内)させたようにしたと思う?」
「……」
「大聖皇帝は、爾の才を、先に降ったキタン人から聴き、これを善とし、未だ遼軍に在ることを惜しんでいた。そのため爾を天祚から離し、大金に帰服させるよう我らに命じていたのだ」
「……」
「しかし、書などをもって諭【さと】したところで、たやすく投降しないであろうし、まともに戦えば我らの兵を多く損じてしまう。爾も戦死するまで闘い、また自刃してしまいかねない、と、困っていたところであったぞ。そこに爾のほうから来るものだから。さらに運良く擒にできた。そのころ我らは、遼主が青塚に輜重を留めていると聞きいていたので、爾を自害しないように縛って連れて来たということだ。まあ、遼軍の誰も爾の郷導を信じていないであろうし、爾も、郷導どころか帰服すらしていないつもりであろう」
「……」
「だいたい爾は何をしに来たのだ? あんなに少ない兵を以て燕京を取れるなど考えていなかったであろう?」
「……」
「たしかに我らは恐惶した。慌てて伏兵を使い拐子馬を出したのだ。ふつう寡兵に、あのようなことをしない」
「……」
「それに大金は燕京を宋に与え、内地へ還る」
「……」
「ただし、燕京の豪族・工匠も内地に徙【うつ】す。宋の得るところは空城のみだ」
 ワンギヤ=オルは笑う。
「大聖皇帝の招きに応えようと思わないのか? いま縛られているものの、その罪を赦し官職は旧の如くするということだ。皇帝が大金国を肇【はじ】めて、まだ八年。人を欲しているのだ。顧みれば天祚は八年で国を失った。そして戦わずして子女を残し亡去している。もはや爾が仕えるに値しないであろう」
「……」
「皇上は儒州に次【じ】して爾を待っている」
 オルは起き(立ちあがり)、去ろうとした。
「卿らに天祚の所在を教えたのは誰です?」
 初めてタイシが口を開いた。
 オルが顧みる。
「遼軍は西京の官民から我らの情〔報〕を得ていたのであろう? すでに西京は大金軍の下にある。爾らの動きは我らの知るところとなっていたのだ。しかし、そのようなこと、わかっていたはず。我らは詳しいところまで探し出せなかった」
「天祚の避難するところを知っている者は僅か。我も初めて入りました」
「……たぶん明日、遭える」  
 オルは外に出て扉を閉めた。灯りが消える。
 静かになった。
 再び闇。


第21話へ(続きを読む)

作品紹介へ

一覧へ

クリックでホームへ戻ります
back to home