皇天順ならず(高汝蓮)第19話

「タイシ=リンヤ。我らは何処へ向かっていると思う?」
ワンギヤ=オルが微笑して言った。
鉄騎の大軍が行く。
四騎に縄で繋がれているタイシは、黙っている。
「爾は大金大聖皇帝を、どう思う?」
「アガ(天祚)を、どう慮っているのだ?」
「キタンの先祖は鮮卑であろう? 拐子馬は、その鮮卑の法を本にしているという。爾も先祖の戦い方をしかけられるなど、思っていなかったかな?」
タイシは口を開かない。
「なぜ答えない?」
「……」
「我のキタン語は、そんなにへたか?」
「……」
「何か話せ!」
オルは唸った。
そこへ一人の将帥らしき者が近づく。
「おお、来たな」
わか者が寄る。
「翰林学士承旨耶律公!」
その、わか者は馬上、拱手した。
「うわさの知将に会えるなんて! 我はワンギヤ=オリブといいます」
「大聖皇帝の第二皇子だ」
オルが言った。
オリブはタイシを見て語る。
「縄を解いたら如何でしょうか?」
「それはできない。皇上の許しを請わなければ」
「……そうですね」
オルはオリブに縄の端をわたした。ほかの兵も替わる。
泥濘【でいねい】(ぬかるみ)に遇う。ジュルチェンの衆は、うまく進めないようだ。
しかし、タイシは繁く辺りを見まわしている。
オリブがタイシに告げる。
「如何です? 知っている道でしょう?」
そこに営はあった。
嬪御・諸女らは敵兵を見て驚駭しているらしい。奔ろうとしている。
「そう、ここにリンヤを連れてきたのは、リンヤに郷導【きょうどう】(道案内)させて、遼主の営に直に至ったように見せかけるためです」
オリブが騎下に命じる。
「執らえよ!!」
オリブはタイシを顧みる。
「これでリンヤは反逆者ですね。それも二回め。……後軍も至ったな。さて、アガの麾蓋【傘】は?」
タイシの顔色は変わらない。ただ執らえられた秦王や許王らを見つめていた。縛られなかった秦王は、タイシを見て、むしろ悦んでいる。
タイシは、しかし、やがて口もとに笑みをあらわす。
オリブは微笑していたところ、顔色を変じた。
「アガは……何処だ?」
オリブは、さかんに見まわす。
「まさか? そんな! 何ということだ!」
オリブはタイシを見る。すでにタイシは笑みを消していた。
「諸王・公主を棄てて、先に逃げていたのか? 或いは犠牲に……?」
ジュルチェン兵が近づき、報じる。
「趙王妃オリエンです」
兵が数人の女を杖で小突き、つれてきた。
「離しなさいよ! 痛いわね! あら、リンヤ。捕まったの? リンヤまで擒になっていたのなら、しかたないわね」
趙王妃と思われる者でなく、別の女がしゃべっている。
オリブが問う。
「遼主は、何処へ如【い】ったのですか?」
「……」
「答えてください」
「うるさいわね。控えなさいよ、このジュルチェン人め!」
オリブも、さすがに嫌な顔をした。
「汝は誰だ? 我は趙王妃に聞いている」
「ふん」
兵が、他の女らに向かって槍をかまえた。女らは怯える。
「我は蜀国公主よ!」
「え!?」
オリブは公主の顔を、じっと見る。公主は目を背け、腕を組む。オリブは咳をして、あらためて話す。
「汝の父、アガは……」
公主がにらむ。オリブは困った顔をした。
「公……主? ……天祚は何れに如きましたか?」
「まあ、いいわ」
公主が微笑する。オリブは、兵に縄をわたし、馬を下り、兜を脱いだ。長い弁髪が垂れる。
「何処に?」
「知らない」
オリブの顔がひきつる。
「ほんとうに!?」
「そうよ」
オリブが、ため息をつく。
「ならば、梁王と趙王は?」
「兄らは、汝ら賊を討つために精鋭を引きつれて出ているわ。しかし、むりね。リンヤですら捕まったのですもの」
「どちらに? 兵数は?」
「さあ?」
公主は再び目を外す。オリブは何かを言おうとして、止め、兵に令した。
「つれていけ」
兵らが手で女らを押す。公主が、それを払う。
オリブは、しばらく女らの列なっているのを視ていた。それからタイシを顧みる。タイシは空を眺めているようであった。
「リンヤ」
「……」
「おかしかったのですか?」
「……」
「ちょっと、聞きたいがあります」
「……」
「いや、あの、天祚や軍のことでなく」
ようやくタイシが顔を向けた。
「……公主の名は何というのですか?」
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