皇天順ならず(高汝蓮)第18話

 書を読む者がタイシらにそれを示して言う。
「二月九日、すでに興中と宜州は城の守りを復していたらしい」
「三月のおわり、主上は雲内州の南に駐蹕【ちゅうひつ】(行幸)する」
「四月一日を以て知北院枢密使事ソンシェウヌを諸道大都督と為す」
「マゴ都統は?」
「盧彦倫を討ち上京を取るよう命じられた」
「……」
 使者は去った。
 オリラが語る。
「天祚は都統を遠ざけたのですね」
「ああ」
「何故、また?」
「我と善くしていたからであろう」
「そんな!」

 車馬の列。
 馬・羊・駱駝そして人が行く。
 将兵の所に馬が走る。甲を被っていない男に寄った。
「リンヤ!」
 タイシは馬を止めない。
 タブエンは後を追う。
「リンヤ。リンヤは燕京に還るのでしょう?」
「……誰が言った?」
「皆が話してくれた」
 タイシは顧みる。
 オリラらが、もうしわけなさそうに笑う。
「我も行く!」
「だめだ」
「どうしてですか?」
「偵候だ。まだ帰れるわけではない。それに戦になるであろう。すでに軍中の精鋭を選募してある」
 タブエン将兵らを見た。彼らはあきれたような顔をしている。或るものが話す。
「爾は、女で、まだ少【わか】すぎる!」
「キタンの后妃は常に軍旅・田猟に従った。また、我の騎射を知っているでしょう? 爾より長じている。我のほうが使えるはず」
 兵らは小笑した。
「たしかに、そうだ。しかし、后妃はないであろう? 爾は后妃に為るつもりか?」
「なる!」
 皆の笑いが止まり、馬も止まる。そして大笑。
「そうか? 諸王の、誰がにあっているかな?」
「梁王と趙王は、すでに妃をもっている。秦王と許王は爾より幼いぞ」
 兵らがからかう。
「リンヤ!?」
 タブエンは、ふきげんな顔をしてタイシを視る。
 タイシは笑っていなかった。
「これから至る営地で待っていろ」
「……」
 タブエンを置いて、列が動きだす。

「伏兵とはね」
 スンシャンが外を見た。オリラが問う。
「奉聖州までもどれば。如何でしょうか?」
 タイシが答える
「いや、ピリラ都監に城を棄て遁れ去るように伝えてある」
「このまま壁【へき】(たてこもり)しますか?」
「軍食が足りない」
「今日、何日だ?」
 テゴが坐って何かを書こうとしている。スンシャンが聞く。
「何をしている?」
「日記をつけている」
「こんなときに!?」
「漢字を習っているのだ。ここは何処だ?」
「……」
「四月九日。龍門の東二十五里だ」
 やはり外を見ているタイシが告げた。テゴはすぐに立ち、鞠躬した。
 タイシは皆を顧みた。
「出るぞ」

 タイシらに敵は並んで趨っている。未だ射かけてこない。
 敵兵は、すべて重鎧に鉄兜を載せ、甲馬に乗っていた。
 将らしき者が、すこし高い阜【ふ】(おか)に立つ。周りに黒旗。
 その敵将が大斧を挙げる。
 前から三騎がタイシに向かう。
 突として鼓・声・馬蹄の音が地を震わせた。
 それは韋索で貫かれ、三馬で相連ね、三人で聯を為している。
 凡そ数千。それらが側面からキタン人を囲みはじめた。 「拐子馬だ!」
 タイシがさけぶ。
「ジャラーブ! 馬の足を斬れ!」
 しかしジャラーブは、槊を振り、馬上の敵を打ち落とそうとしていた。すぐに動けなくなった。
 敵の三騎がタイシに近づく。
 タイシは騎射した。敵兵の甲に中る。倒れない。
 矢を尽くしてしまい、剣を抜いた。
 さっきの前から近づいていた三騎は縄・網をタイシに投げ、被せ、曳く。
 タイシは馬から墜ち、ほかの兵に杖で押さえられてしまった。
 それを見て、オリラらは戦いを止め、馬を下りる。
 敵将が至った。馬上からタイシに言う。
「会うのは初めてかな。我は大金の都統ワンギヤ=オル。大聖皇帝(アクタ)の従兄弟だ」


第19話へ(続きを読む)

作品紹介へ

一覧へ

クリックでホームへ戻ります
back to home