皇天順ならず(高汝蓮)第17話

戸外。
大穹廬の前に氈【せん】(じゅうたん)を敷いている。
タイシが坐って茶を喫していた。
全枝花の編繍の直領左衽に帯。前は地を払い、後は地を曳く。巾状の髪に玉逍遥【しょうよう】(髪飾り)。左右に分かれて列している姿貎端麗な女らがタイシを見て、にこやかにしている。
タイシは顔色を変えない。
やはり氈に坐っている、いくらか年をとった女が、さらに進(勧)める。
やがて、タイシは坐っている老女に揖【ゆう】(手をくみあわせ、えしゃく)して立つ。顧みると、侍立していた兵らは女らを観ている。兵らは慌てて威儀を正した。
タイシは馬を繋いでいる所へ向かい、兵らが追う。
「宋主の飲んでいる北苑茶は、いかがでした?」
馬を撫でていたオリラが寄る。
「怒っているのですか?」
「いいや」
「天祚后も元妃も……まあ」
オリラは笑みを隠さない。
「……」
「国舅族として言えば、あの娘らで足りないことはない、と思っていますよ」
タイシが止まる。
「卿まで。今さら何を言う」
「しかし、我は、リンヤが未だ娶っていないわけを知りませんので」
「知らなくていい。それに皇后がなんと言おうと、后族との婚姻は皇帝の許しを得なければならない……。それより卿は如何なのだ!?」
「我は、リンヤの許しが在れば」
「……」
馬の轡を執っていたジャラーブが屈む。
「リンヤ。マゴ都統が来た」
数騎が近づく。
マゴは馬を下りた。
「ジュルチェンは、燕京及びタク[さんずい・豕]・易・檀・順・薊の六州を宋に帰することを約したらしい」
「アクタは燕京を出るのでしょうか?」
「まだ、わからない」
「西京からの報は?」
「今のところ、ない」
「こちらから索【さが】しましょうか?」
「うむ。だれかを遣わして偵視させよう」
「我が行きます」
「それは危ない」
「香山を詣でたいのです」
「徳妃を合葬するつもりか?」
「アクタが故地に還るのなら、燕京を攻めます」
「主上を追襲するために発したのなら?」
「我が先鋒となって戦うのみです」
「いや……。主上は兵を出さないであろう」
「まさか」
オリラが前に出て言う。
「せめて梁王か趙王の兵が出るのであれば」
マゴが顔を少し上げた。
「二王はともに互いを牽制している」
「こんなときに」
「正しくは、彼らの将兵だ」
マゴが馬を麾下の兵に任せ、再びオリラのほうを向く。
「ところで西北は? 卿が使わされたのであろう?」
オリラはタイシを伺う。タイシが頷く。
「諸国・大部・諸部は、皆、動揺しています。しかし、まだジュルチェンの兵も使も、そこにほとんど至っておりません。そのため彼らは使を遣わして天祚の起居を問わんとしているところでした」
「……彼らは反覆常ならない。我らの不利を知れば、すぐに寇掠するであろう」
マゴが后妃らの居る穹廬の群を眺める。
「哀れだな」
「?」
「誰も天祚皇帝のことを慮っていない。皇后・元妃・硬寨太保テムゲらは梁王を。デリディを恨んでいた諸将相は趙王。そしてリンヤは秦王だ。皆、諸王を立てようと欲している。天祚に常に侍しているのは北護衛太保のジュジェと舎利詳穏ヤブリぐらいだ」
オリラが話す。
「しかし、趙王の母は宮人。徳興(秦王)は、すでに行を我らと共にしておりません。許王は幼すぎる。すなわち梁王の自立は容易である、と思います」
マゴが語る。
「そうはいかない」
「何故?」
「主上が首肯しないのだ」
「何ということ!」
タイシが問う。
「都統は如何するつもりですか?」
「我はソンシェウヌ枢密と同じく、ジュルチェンと戦うのみ。七年前に敗績して官を削られたことがあるのでな」
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