皇天順ならず(高汝蓮)第15話

「リンヤ。梁王から、また猟の誘いです」
開けられた穹廬の戸にエンシャンが立つ。タイシは幾つかの函【かん】(はこ)を積み重ねていた。
「うむ」
傍で書を持っている漢人が言う。
「よく厭【あ】きないものですね。これならば服喪ということで拒めばよかったのでは?」
エンシャンは怒ったような顔を漢人に向ける。
「如何しますか? 断りますか?」
タイシは微笑した。
「しかし卿は行きたいのであろう?」
「いや、まあ」
「糧を得る為と思えばいい。やむを得ないであろう。先に向かえ」
タイシが一冊の書を持ちめくった。去ろうとしたエンシャンが立ち止まる。
「リンヤ、何か捜しているのですか?」
「うむ。梁王が〔耶律〕資忠公の『治国詩』を欲しがっていたのでな」
「はあ?」
「確か『西亭集』といっしょにしていたはず」
「ああ、そうだ。使を待たせてあった。急ぎます」
エンシャンは、慌てて穹廬を出た。
「都統。小官は危ないと思います」
漢人は幾つかの書をタイシにわたす。
「いや。梁王とともに猟に出ているほうが攻められないで済むであろう」
「万一ということがありますので……」
タイシは書を持って立ち、散らかった穹廬を出る。
「後を頼む」
エンシャンと梁王の使らしき者が待っていた。ジャラーブが二頭の馬をを引いてくる。
「何だそれは? 猟に使うのか?」
エンシャンがジャラーブの馬に掛けてある槊【さく】(ほこ)を指さした。ジャラーブはエンシャンに近づき見下ろす。エンシャンは顔を引きつらせてタイシを顧みる。
「リンヤ。李球は猟に出ないのですかね? やはり漢人は……」
「彼には別なことを任せてある」
「それはそうなのでしょうけれど。なあ?」
エンシャンがジャラーブの顔を見る。ジャラーブも頷く。
先に駆ける者が騎射した。
射た者が馬を下り、鹿の倒れた所に立つ。
「リンヤ。見て!」
タブエンが嬉しそうに手を振る。
皆が歓声をあげた。
梁王が手を叩いて喜ぶ。
タイシは頷く。
「ほんとうによく中てる」
梁王と、もう一人、そして子らがタブエンに寄った。
「如何した? もっと楽しんだらどうだ?」
マゴがタイシに並ぶ。
「今日の猟は喜ばしい。見ろ。梁王とともに秦王も、許王も、趙王ですら来た」
「……」
「そしてタイシ=リンヤも来た」
マゴが笑う。
「しかし、あの女児は男とかわらん。それどころか秦王や許王が麾下の兵のようだ。公主や侍女らも驚いているぞ」
タイシが苦笑する。
そのとき林の中から熊が現れた。皆、逃げる。タイシが騎射。熊の目に中る。後からジャラーブが馬を下り、槊で突く。熊は倒れた。
タイシがタブエンを見て語る。
「何を驚いてる? 仁懿皇后(興宗皇后。天祚の曾祖母)は熊と虎を射たぞ」
タブエンが怒った顔をする。梁王やマゴ都統が大笑していた。
衆が遷る。多くの獲物を携えて。
マゴ都統が書を少し見た。
「リンヤ。辞していいのだぞ。強いて天祚に見えさせるつもりはない」
「はい。わかっています」
「リンヤ」
ジャラーブが馬を止める。数騎が趨ってきた。
「これは趙王」
マゴとタイシが拱手する。趙王も拱手した。
「今日、リンヤが居て、よかった。兄、いや、兄の禁衛が怖かったのだ」
笑顔を見せ、すぐに趨り去った。
宴が始まる。天祚が臨軒した。諸王も並ぶ。
テムゲ太保がタイシの側に座る。
「久しい宴で思いだした」
「?」
「十年ほど前、天慶二年二月のことであったか。主上が混同江で鉤魚したとき、界外の生ジュルチェン酋長で、千里内に在る者は、故事を以て皆、来朝した。酒も半ば酣【たけなわ】となり、諸酋に命じて次第に舞を起こさせたところところ、独りアクタは辞してしない。かれを諭すこと再三。遂に従わなかった。他日、主上は密かに枢密使デリディに言う。“前日の燕(宴)、アクタは意気雄豪としている。顧みれば常ならないものだ。辺事を託するならば、かれを誅すべきであろう。否なら、必ず後の患いを貽【のこ】す”デリディがいった。“かれらは礼儀を知らないのです。それに大過なくて殺せば、恐らく向化の心を傷つけてしまうでしょう。仮に異志があったとして何ができましょうか” そのあとアクタの弟ウキマイやネモホ(従兄の子)・クシャ(甥)らが猟に従い、よく鹿を呼び、虎を刺し、熊を搏【はく】した(とらえた)。主上は喜び、すぐに官爵を加えた」
「……」
「あのときアクタを誅殺しておけば、今日のことはなかったであろうに。また敵の先鋒はネモホらであるという。残念だ」
「……」
宴では百戯・角觝・戯馬・歌舞などおこなわれ、勝ちを較べている。
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