皇天順ならず(高汝蓮)第13話

「ない」
タイシは鞭で地を払いながら、ジャラーブに話す。
「誰かの通った跡はない。違うようだ」
ジャラーブら数人は馬を引き、あたりを見回した。
「よし。いちど帰るぞ」
タイシがそう言うと、皆、馬に跨り、そこを離れた。
営が騒がしい。
「どうした?」
タイシが馬を下りる。
「ああ、リンヤ!」
皆、タイシの周りに集まる。
「サバ郎中、何があったのだ?」
「ノウオマと幼君、ほか数人がつれさられました」
「何! 誰に!?」
「天祚の兵です!」
「拒めなかったのか?」
「もうしわけありません。ノウオマが止めさせたのです」
「どこへ向かったか判るか?」
「西へ。オリラ副都統とエンシャン副部署らが密かに追っています」
「我もすぐ行く」
タイシは馬に乗り、サバらを顧みた。
「皆も荷をまとめておくように!」
馬を下りていなかったジャラーブらが後に続く。
雪の上、林の中を駆け抜ける。
数騎がこちらへ向かってきた。
「リンヤ!」
「エンシャン! 天祚の兵は?」
「四部族の詳穏(官名)の営のようです。副都統が探りに行きました。どうしますか?」
「のり込む!」
そこでジャラーブがさけぶ。
「リンヤ、行くな!」
エンシャンも言う。
「そうです。リンヤまで捕まってしまいますよ」
「いいや。天祚にまみえる」
タイシが馬首を廻らす。エンシャンが説く。
「もう遅いと思います」
タイシは聞かずに去る。ジャラーブが馬を寄せエンシャンの背を押し、タイシを追う。
林を抜けると、そこに穹廬がたち並んでいる。
木稍を折り屈して弓をつくり、道の傍らに置いて欄楯に充【あ】てて(柵を作って)あった。そのなかに衆が頓舎し環になって御帳を繞【めぐ】っている。
木陰より観ていたオリラの肩をタイシが叩く。
「リンヤ……。あれが天祚のアルワン=オルドですか? 騎軍一万の。まるで鋪【ほ】(駅)だ」
「しかし兵がいる。それもマゴ都統の軍だ」
「都統はウグ部に向かったと聞いていましたけれど」
「……」
「ノウオマはどこだ?」
「わかりません」
「そうか。我は、これより天祚にまみえる」
「わかりました」
タイシは再び馬を駆る。ジャラーブとエンシャン、そしてオリラら数人がつづく。
「リンヤだ!」
「タイシ=リンヤが来たぞ!」
「謀反か!?」
「いや救援だ!」
男女がさけぶ。
タイシが門に至る。
衛士らは門を閉じることなく、ほかの兵らもタイシを妨げなかった。
ひとりの甲冑を被った将帥が前に立ちはだかる。タイシらは馬を止めた。
「タイシ=リンヤ!」
「マゴ都統!」
「リンヤ! 馬を下りろ」
「都統が徳妃を拐【かどわか】したのですか!?」
タイシはそう言い、馬を下りた。ジャラーブらもならう。兵らが轡を執った。
マゴが説く。
「それは違う。奚を討つよう命じられたのは我だ。しかし、主上は我を信じられなかったのか、ポリク都統を再び遣わした。かれらが卿らの営を見つけ、主上に報じたのだ」
タイシは先に行こうとした。
「もどれ、リンヤ! すでに徳妃は斬られたぞ」
タイシは立ち止まり、マゴを顧みる。
「尸は野に棄てられた」
タイシは地を見る。
「主上に謁するか?」
マゴの語にタイシは頷く。
マゴが御帳へ向かう。タイシが次ぐ。後にエンシャンら。
タイシが歩く。将士らは整然としており動かない。
御帳に至った。さすがに護衛らが槍をタイシの前に出す。タイシはそれを押しのける。かれらは再び遮ろうとした。そこをマゴが手を挙げ、護衛らを引かせる。
タイシは佩刀・弓箭をマゴにわたす。マゴはそれを護衛に持たせた。
マゴが冑を脱ぎ、先に入る。タイシも御帳に入り、ジャラーブとエンシャンらは戸外にとどまった。
紅襖の者の周りに男女が侍している。タイシは、その中に幼君をみいだし微笑した。しかし、すぐに顔色を変じて、牀に坐る紅襖の者の前に立つ。マゴは左足を立て右足を跪かせ、冑を地に置き、両手を右肩に着けた。
「タイシ=リンヤ! 跪け!」
緑花窄袍のひとりがさけんだ。
「テムゲ太保」
紅襖の者がのべた。おもむろにタイシに言う。
「我在り。汝は何ぞ敢えて淳を立てたのか?」
タイシは対【こた】える。
「……陛下は、全国の勢を以て、いちどとして敵を拒めず、国を棄て、遠くへ遁れ、黎民を塗炭させました」
「……」
「即ち! 十の淳を立てようと、皆、太祖の子孫。どうして他人に命を乞うに勝らないでしょうか?」
天祚皇帝は答えなかった。
久しくしてテムゲが天祚に耳うちする。皇帝がマゴを視る。マゴが頷く。
テムゲが報じる。
「主上は汝の罪を赦し、酒食を賜う」
天祚はタイシより目を逸らした。
タイシはやや鞠躬し、ふりかえり、ゆっくりと去る。
タイシとマゴが外に出た。
数千の兵がふたてに分かれ、相望んでいる。
「リンヤ!?」
皆、御帳をみる。オリラがタイシに近づく。
「サバが営ごと引きつれて来ました」
タイシは苦笑いしながら、オリラと兵らの前を行く。
兵は動かない。
やがてマゴが手を振り、己の兵を下がらせた。
オリラが言う。
「天祚皇帝はどうしていましたか?」
「やせていた。疲れきっている。我に酒食を賜うとしていたけれど、おそらく、なかったであろう」
「我らは宋兵の残していったものを、まだ持っていますからねえ」
タイシがとつぜん止まる。
「都監」
ジャラーブが寄る。
「マゴ都統が居て、その軍が在る。この営を獲るのは難しいぞ」
ジャラーブは大笑いした。
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