僭僞列伝 冉閔(高汝蓮)第3話

「昊天は命を成しているので、久しく違うべきでない。すなわち、吉日を択ぶよう史官に下し、礼儀を具えるように」
「はあ?」
 太武殿の誰も坐っていない席。そこから見て左に立つ閔は、向かって並ぶ李農ら四十八人をながめた。閔の左に百官がいる。
「もしかして、これは」
 文官が再び告げる。
「謹んで皇帝尊号を上ります」
 みな伏した。
「まて……ええと、宗廟は重事である。寡人は不佞。宗廟を称えるのに足らない。願うに大司馬に請うて宜者を計ってくれ。寡人は敢えて当たらない。……そうだ、せっかく国姓を李に易えたのだから、大司馬に譲ろう」
 大司馬李農が言う。
「臣、固より辞し、死を以て請います」
「吾は故晋人に属し、今、晋室は、なお存している。諸君と州郡を分割し、おのおの牧・守・公・侯と称え、表を奉じ晋の天子を迎えて、都を洛陽に還す、というのはどうだ?」
 ほかの文官も語る。
「陛下!の聖徳は天に応えました。大位に登るべきです。晋氏は衰微し、遠く江表に竄【のが】れています。どうして英雄を総馭し四海を混一できるでしょうか?」
「その言、機を識り、命を知るというべき……であったかな?」
 百官は伏して称える。
「万歳、万歳、万万歳!」
 閔はつぶやく。
「まだはやい。西にむいて譲るのは三、南をむいて譲ること再(二回)であろう?」
 李農がささやく。
「もうおそい」

 太常〔と呼ばれた官〕が都の南郊に円壇を築き、宮懸【きゅうけん】(打楽器)を設け、鉦鼓【しょうこ】(かね・たいこ)を置き、二十一旗を架けた。
 閔は十二章(模様)の袞【こん】(上は黒、下は赤)・十三旒【りゅう】(白珠のすだれ)の冕【べん】(かんむり)を服し、金根車(四馬。幟旗を立てない)に升り、壇の東門外に至る。金鉦・大角(ホルン?)・大鼓・横吹・篳篥【ひちりき】・笳笛【かてき】(葦笛?)など楽をなす。博士〔と呼ばれた官〕と太常が匏陶【ことう】(ひょうたん型?)を執り跪いて酒を地に灌【そそ】ぐ。閔が再拝する。群臣も再拝し伏す。博士と太常が閔を引き南階に至る。閔が“くつ”(セキ[潟のさんずい無し])を脱ぎ壇に升り、罍盥【らいかん】(たらい?)を詣でた。黄門侍郎〔と呼ばれた官〕が爵【しゃく】(さかずき)を洗い、跪いて閔に授ける。執爵郎〔と呼ばれた官〕が爵を授かり、秬鬯【きょちょう】(香草と黒黍の酒)を酌み閔に授けた。閔は跪き皇天神座前に奠【てん】し(そなえ)、再拝して興る。太祝令〔と呼ばれた官〕がそれぞれの福酒を酌む。合わせて一爵中に置く。跪いて閔に進め、再拝して伏す。閔が福酒を飲む。
 閔に太尉が玉璽を授ける。閔は跪いて受けた。
 閔が玉冊を読む。
「青龍元年歳次庚戌閏月壬寅朔(350年2月23日)、皇帝臣閔敢えて玄牡を用い皇皇后帝に告げる。……壇に升り璽符を受け、上帝に告げて、衆望に答えたい」
 やがて博士と太常が閔を引き東階から下り、南階に還る。謁者〔と呼ばれた官〕が太常を引き壇に升り、つぎに献じた。また謁者は光禄〔と呼ばれた官〕を引き壇に升る。おのおの階を降り、本の位〔置〕に還った。太祝令が跪き匏陶を執り、酒を地に灌ぐ。からだを興して南に行き壇の門を出る。治礼〔と呼ばれた官〕が手を挙げた。群臣みな再拝して伏す。治礼が言う。
「興して」
 博士が跪いて言った。
「祠事畢【あわ】りました。燎位に就くように」
 博士と太常が閔を引き燎位に就かせる。閔は南に向いて立つ。太祝令が蒼玉の玉璧・牛の牲体・爵酒・黍飯などの饌物【せんぶつ】(供える物)を奉じて柴壇に登り、これらを施設した。治礼が手を挙げて言う。
「可燎」
 三人が火炬【かきょ】(たいまつ)を上に持っていく。火が発した。太祝令らおのおの壇を下りる。壇の東西のそれぞれ二十人が炬を壇に投げる。
 久しくして柴が傾く。博士が仰いでいう。
「事、畢りました」

 太武殿に還る。
「大赦」
「永興と改元」
「国号を大魏」
「冉と復姓」
「祖の隆を追尊して元皇帝」
「考(父)の瞻【せん】を烈祖高皇帝」
「母の王氏を尊んで皇太后」
「妻の董氏を立てて皇后……」
「子の智を皇太子」
「胤を太原王」
「明を彭城王」
「裕を武興王」
「李農を太宰領太尉録尚書事とし、斉王に封じる……」
「文武の位を三等進める」
 通天冠・絳紗袍に更え、御座に升っている大魏皇帝冉閔は苦笑していた。


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