僭僞列伝 冉閔(高汝蓮)第2話

「晋は大敗し、積聚【兵糧】を焼き、城を壊し遁げた」
李農が群臣に語っていた。
「ところで楽平王のほうはどうなったのだ?」
石閔が答える。
「晋が長安を攻めたので、楽平王は都を攻める謀を輟【や】め、麻将軍らをして晋を拒もうとしたようです」
「麻秋なら何とかして防ぐであろう」
「しかし主上は精騎二万で、晋を討つことを名として、楽平王を劫【おびやか】し都に送らせました」
「また弟を誅するつもりか?」
「主上が義陽王・楽平王・汝陰王・淮南王らを召し、鄭太后の御前で議に入っている。誰か何を議しているのか知っているか?」
「吾らも出された」
百官が話しあっている。
そこへ兵が来て石閔に報じる。
「武興公、宦者が馳せてきました」
「通せ」
その者が伏して告げる。
「義陽王に遣わされました。主上は武興公を誅するとのこと!」
「義陽王が告げたのか?」
李農らは相顧みた。石閔が李農らに言う。
「主上を廃し、義陽王を立てる!」
李農らは身を引いた。
「李司空! どちらに附く?」
石閔はふり向いて令する。
「主上を執らえろ! 南台にいる」
石閔と兵が崑華殿に升り、義陽王石鑒【せきかん】の前に跪いて告げる。
「石遵・鄭氏・張氏・石衍……を執らえました」
石鑒が縛られた者らを見て言う。
「大祇は何をしていた?」
「将士の話によると、婦人と碁を弾いていたとか」
「ふ〜ん。何か言ったか?」
「“我もなお、このようであるのに、殿下もどれほどたえられようか”と」
「斬れ」
石鑒が席に坐る。群臣が伏して万歳を称えた。
「大赦。武興公閔を大将軍とし武徳王に封じ、司空李農を大司馬とし、並びに録尚書事とする」
夜、群臣が崑華殿において議していた。石鑒はいない。
「襄国に鎮している新興王が姚弋仲【ようよくちゅう】・蒲洪らと和を通じ、ともに攻めようとしている」
「汝陰王に大都督となってもらおう」
「秦・雍の流民は相率いて西に帰り、ともに蒲洪を推して主としたそうだ」
「主上は洪を懼れ、都督関中諸軍事征西大将軍雍州牧領秦州刺史とするとか」
「こんどの主上はどうであろうか?」
「かつて関中を鎮めたとき、役を煩わしく、賦を重くしたそうだ。また文武で長い髪の者が有ったら、すなわち抜いて冠の纓【えい】(ひも)にしてしまい、余ったら宮人に給わったとか」
「……」
李農が石閔に言う。
「主上の話によると、鄭氏は廃帝を諌めたそうだ。小さい驕りなどゆるして大将軍を殺すなと」
「……いまごろ、そんなことを」
「すなわち、義陽王いや主上は、大将軍を使って帝を廃し、みずから立とうとしたのだよ」
「……」
士卒が大呼する。
「楽平王が攻めてきます」
「朕は知らん……」
石鑒が言った。石閔が告げる。
「克ちましたよ。しかし吾らが見つける前に、西華門で楽平王は殺されていました」
「知らんと言ったら知らん!」
「石氏の者らが、武徳王と大司馬を殺すことを謀っているらしいのです」
「……」
つぎつぎと兵が閔のもとへ趨ってくる。
「……らが、羯士三千を率いて胡天舎に伏し、武徳王を殺そうとしています」
「賊が三十余人を率いて中台に登り、主上を挟んでいるということです」
「いかん! 大司馬は?」
「すでに東掖門に在ります」
「? まあいい。城外に出て西の金明門へ廻ってもらおう」
城を基址として台が三台ある。みな甎甃【せんしゅう】(しきがわら)。上に正殿をおき、閣道で相通じていた。
「閣道を毀している!」
「魏武(曹操)の造った中台――銅爵台(銅雀台)は険固ですからね……」
「うむ……」
諸将が馳せる。
「賊は我らに克てず衆を率いて南へ。いま鳳陽門あたりに屯しています」
「大司馬は衆数千を率いて金明門を壊し入りました」
「よし。中台に使を送る」
兵が至る。
「主上が招いています」
「はあ?」
中台の門が開かれている。閔らは内にはいった。
鑒が言う。
「……が卿に反いた。これを速く討て」
閔らは鑒を拝して辞した。
蒋幹が言う。
「さっきまで主上は伏都らに臨んでいたのでしょう?」
「吾らに殺されることを懼れたのであろう」
鳳陽門から崑華殿に至るまで、横たわった尸が相枕していた。血の流れは渠【きょ】(河)を成している。
「宣令だ。内外の六夷で、あえて兵杖を称する者は斬るぞ」
閔が告げた。
将士が言う。
「公、胡人は関を斬り、城〔壁〕を踰え、出る者数えられません」
閔は令を下す。
「主上を御龍観で守れ。それと食を主上に給せよ」
また衆にのべる。
「近日、賊が逆を構えた。しかし支党は誅に伏した。今日已後、官(皇帝)と心を同じくする者は留まり、同じでない者はいく所をまかせる。敕で城門を閉じることを禁じない」
ふたたび士卒が趣く。
「趙人(漢人)の百里内にいるものが悉く入城しようとするところを、胡・羯で去る者が門をうずめ、妨げています」
閔は内外に令した。
「ああもう!」
閔は刀を執る。
「そむいた胡首をひとつ斬り鳳陽門に送る者に、文官なら位三等を進め、武官ならば悉く牙門を拝させる。吾も行く」
兵が報じる。
「貴賎男女少長なく、すべて斬られ、一日の中で首数万が斬られています」
「死者は二十万戸。諸城外で悉く野犬豺狼の食らう所となっていました」
「その四方に屯戌している者で、武徳王が書によって命じた趙人の将帥たる者は胡・羯を誅したということです。また高鼻・多鬚で濫死した者が半ばするとか」
石閔が言う。
「なぜ、そんなにまでなっているのだ?」
李農が語る。
「かつて石氏および豪勢に妻を奪われた夫や殺された者の家族も胡・羯を斬っているのであろう」
「……降りたい者は赦す」
石閔が上奏する。
「讖文【しんぶん】(預言書)に託すると“炳然としてまさに徳星(木星)が衛を鎮める”とか。姓を李に易え、国号を衛に更えるとよいそうです」
「卿は石氏の迹【せき】(あと)を滅去しようとしているのか?」
閔が小声で言う。
「その石氏の者が生きのこるためです」
鑒は黙った。
閔がさしまねく。文官が書を読む。
「大赦。青龍と改元する」
百官が伏し万歳を称えた。
兵が報じる。
「公・侯・卿・校・龍騰〔軍〕など一万人が襄国へ出奔しました。汝陰王混は冀州に奔りました。……劉国は陽城に拠り、……姚弋仲は聶頭に拠り、蒲洪は枋頭に拠っています。衆おのおの数万。みな大衛国に附かないつもりでしょう。あと将軍麻秋が衆を率いて都へ帰るまでに、蒲洪の子の蒲雄に獲らわれたと」
鑒も群臣も、みな黙ってしまった。
「汝陰王石混および……が衆七万を率いて都を攻めてくるそうです」
兵が告げた。閔が言う。
「吾が行く!」
「すぐですか?」
「騎は?」
「ここに……いま千余しか……」
「それでいい!」
閔は朱龍を馳せ、双刃矛を操り撃つ。すべて敵の先鋒に応え、向かってくる所をくだき潰した。
敵は去った。
あとから李農が来る。
「騎三万をあつめた」
「この宦者の報を聞いてください」
閔と諸将の前に、その者が跪く。
「どうした? 申せ」
「告げます。主上が密かに下官を遣わし、書を齎して……らを召し、虚に乗じて都を襲わせると」
「……」
「武徳王?」
「都に還ろう」
「は!?」
「主上を廃し殺す……」
「王!!」
そこへ李農が来て話す。
「それとともに、やるべきことがある」
「何を?」
「太祖の孫三十八人を誅す」
「ああ……。石氏を滅ぼすのは蒲洪や姚弋仲でなく、吾であったのか。……これで石氏を尽く殪【ころ】すことになるかな」
蒋幹が言う。
「王も石氏でしたね」
「……うむ」
農が語る。
「まだ石祗・石炳・石混がいるぞ」
閔が言う。
「次に石祗の拠る襄国を攻める」
農が話す。
「その前に、するべきことがある」
「何でしょうか?」
「都に還ってからだ」
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