ワタリビト #397(ヒュウガミズキ)

 リフルは、空を見上げた。
 風の季節が終わり、大気の澄んだ空が拡がっている。まもなく冬がくるのだ。
 リフルは、ここ数日間、毎日のようにこの丘に来て空を眺めている。
 彼女は船を待っているのだ。
 風の季節の始まる直前と、終わった直後にやってくる船。
 テレセ・ロッホ帝国からの宇宙船は、そのまま大気を降下し、尖塔山塊を越え卓上山の船着き場へと至る。
 なぜその航路を通るのかはわからない。が、例外なく、船は尖塔山塊の彼方からやってくるのだ。この星のどこかで大気圏内を降下して、空中を移動して来る。彼女は、生まれて以来、一度もこの地方ザイオア都市域を出たことがなく、よって一度も宇宙船の降下してくる様子を見たことがなかった。
 リフルがザイオア都市域を出たことがないのには、きちんとした理由があった。
 惑星ペネスティンカで人間が住んでいるのは、彼女のいる地方だけだったからだ。
 その日、彼女は待ち望んだ船が空のかなたからやって来るのを見た。
 笑顔を見せて、リフルは丘を降り、村へと走り出した。
 
 ザイオア都市域の中心であり唯一の都市でもあるザイオア市は、船着き場のある卓上山の麓に拡がっている。この都市を中心に、40余りの村があって、それがこの星のすべての居住地であった。リフルの住む村もその中にある。
 30戸ほどの家が並ぶ通りを走り抜け、村はずれにある自宅へと駆け戻ったリフルは、裏庭で炎鉱石を使いやすいように叩き割っている父親のそばに駆け寄った。
 「お父様」
 父親は顔を上げると、
 「どうした」
 「船が来ました。卓上山の方へ向かっていきました」
 父親は急に不機嫌な顔つきになった。
 「そうか…」
 リフルは気にした様子もなく、
 「お父様、交易が始まります」
 「うちでは交易にゆく余裕はないぞ」
 「お父様」
 「なんだ…」
 父親は斧を構え上げた。勢いよく振り下ろし、炎鉱石が砕ける。
 「集電装置の調子が悪いといっていましたよね」
 「それがどうかしたか」
 「交易船には、帝国で作られている様々な機器が積まれてますよ。新しいのを購入できる機会ではありませんか」
 「集電装置に金をかけるほどの余裕はうちにはない」
 「その炎鉱石は、帝国では陶製品の製作には欠かせないときいております。高くで売れると思います」
 父親は斧を地面に降ろした。
 「リフル、おまえはなぜ、そのように船を見に行きたがるのだ」
 村の娘達で、あのようなものに興味を持つものなんていない。娘達だけではない。村のものも、近くの村々のもの達も、帝国の船に関わりたいとは思っていない。必要なものがあったときだけ、交易に参加するのだ。交易などは、ザイオアの市民が行えばよいのだ。
 「お父様、船にご用がないのであれば、私は気にはいたしません」
 笑顔でそういい、リフルはその場を離れた。後に残った父親が大きなため息をつくのは十分に予測できた。

 翌日、リフルは丘に来ていた。
 村とは反対方向のなだらかな斜面の向こうに大きな都市が見える。その向こうには台地上の大きな卓上山があり、その上には複数の村が十分に入るほどの大きな船が鎮座していた。大きな船体とそこからのびる様々な塔やドームが遠目にもわかる。
 あの船には、それまでに2回入ったことがある。中には通りがあり、店が軒を並べ、昼間のように明るい巨大な照明の下で大勢の人と交易を行っていた。
 その光景が忘れられない。
 自分があの船に、いや、その背後にある大きな世界に魅せられたのは、そのときからだった。
 村の人間はよその世界に興味を持たない。
 ザイオアの人間とすら壁を作るように接している。だが、この滅びかけた惑星の外には、広大な世界が拡がっている。
 テレセ・ロッホ帝国。
 人類最大の国家、そして人類の最後の国家。長い歴史を経て、あらゆる技術とあらゆる文化の混在する地。
 その大帝国はこの広大な宇宙を支配し、多くの植民国家がそこに属しているという。ペネスティンカは、その一植民地にすぎない。総督すら置かれない辺境なのだ。
 「宇宙ってどんなところなのだろう。夜の星の世界が延々と拡がっているような感じなんだろうな」
 そして空を見上げるのだ。
 ふと、視線を地上に降ろすと、ザイオアからのびる一本道を荷馬車が進んでくるのが見えた。荷馬車の荷台に人が乗っている。
 「都市から来たのかしら」
 リフルはすぐにその考えを否定した。馬車はザイオアのものかもしれないが、荷台の人間はザイオア市民ではない。
 荷馬車が丘の麓を通過すると、荷台の人物の様子もはっきりと見えた。
 薄汚い布を頭に巻いた男だ。これまた汚れた大きなバッグを足の間において、目をつむっていた。
 「あれはこの星の人間ではないわ」
 彼女は立ち上がった。
 この星の人間でないとすれば、あの船で来たものに違いない。
 「そんな人間がこの村へなんの用かしら」
 急いで丘を駆け下り始めた。
 家まで戻ってみると、意外にもあの馬車はうちの前にいた。
 ドアを開け、客室をのぞくと、馬車の荷台に乗っていた男が立っていた。横には村の長が、向かい側には父親がいすに座っていた。父親は、彼女の顔を見ると、露骨に顔をしかめた。どうやら間違いなく船で来たもののようだ。
 「お父様、お客様ですか」
 村長と客は振り返った。父親が憮然と言った。
 「娘だ」
 リフルは丁寧に挨拶をした。
 客人は笑顔でうなずいた。
 「じゃあ、デメスルさん。明日からよろしくお願いしますよ」
 村長は、そういうと、客人とともに部屋を出ていった。
 「お父様、あの方は?」
 「おまえには関係ない」
 と父親はにべもない。
 「よそから来たお方のようですね」
 「…」
 「あの格好から見ても、ザイオアの人ではないわ。帝国からの船に乗ってきた方のようね」
 「おまえの知ったことではないといってるだろう」
 「明日からの用事とはいったい何なのですか」
 「リフル、わしは明日からあの男と仕事に出かける。夜には帰ってくるが、何日かかるかわからない。その間、あの男がたびたびうちに来ることになるだろうが、おまえは決してあの男に近づいてはならん…。いいか、わかったな」
 「はい、お父様」

 それ以来、父親はあの客人とともに朝早くに出かけ、夜になって家に帰ってくる毎日を過ごした。なにをしているのか、家族は誰もリフルに説明しなかったが、4日目にして、彼女は事情を知った。
 彼女に話をしたのは、二番目の兄のクレメートだ。
 クレメートは、最初口止めをされていたが、生来我慢強い性格ではない。ついつい妹に話をしてしまった。正確に言えば、リフルが兄に話したがる気持ちを起こさせた結果である。
 「あの客は、緑華香草を探しに来たのさ」
 「薬草の?」
 ああ、と兄はうなずいた。
 「どうしてそんなものを? あれは傷薬に使うくらいしか役にたたないとおもうけど」
 「さあな。薬屋かなんかじゃねえのか」
 「でも、薬だったらもっといいのがいくらでもあるでしょう。帝国にゆけば、優秀な医療術があるって聞いたことあるし…」
 「じゃあ、植物学者かなんかだろう。標本でも集めているんじゃないのか」
 「そうかしら…」
 「ま、いいじゃねえかなんだって。金を払ってくれるってんだからさ。親父の手伝いに一日あたり1200ギレルも出すってさ」
 「そんなに? 今の季節、緑華香草なんて、あんまり生えてないじゃない。知ってるのかしら。見つかるまで何日もかかるかもしれないじゃない」
 「おれらとしては結構なことじゃないか。これで集電装置も買い換えられるぜ。おまえ、船を見に行きたいんだろう」
 「まあ、そうだけど…」
 「気にするなって。特にだましてるわけじゃないし、それに例えおれらにとってつまらないものでも、ほしいやつなら、いくらでも金を出すってものさ。あの男は帝国から来たんだろう? きっと物好きな貴族に雇われて探しに来たんだろうさ。金ならいくらでも持ってるだろうよ」
 クレメートはそう言うと、笑いながらその場を離れた。
 リフルは納得しなかった。
 たしかに、蒐集癖のある人なら、大したものじゃなくてもお金を出すものだろうが。それにしても一日あたり1200ギレルも出すというのは納得できない。確かに今の季節、緑華香草は枯れてしまってほとんど見あたらないが、それでもこの星ではそれほど珍しくない草だ。それに何かの役に立つって言う話も聞いたことがない。そんな草に1200ギレル、4日経っているから4800ギレル支払ったことになる。父親は、春から夏にかけては、畑仕事で生計を立てているが、それの収入も、良いときで15000ギレルほどだ。すでにその三分の一を払ったことになる。
 兄クレメートのセリフが頭をよぎった。
 違う、趣味とか、そういうものじゃない。
 きっと、なにかあるんだ。
 何か、もっと別の大事なことが。そのために金を払っているんだ。
 リフルはますますその客に興味を強めた。

 その翌日は、夜遅くなるまでなかなか帰ってこず、家族のものが心配をした。いつもよりもずっと遅くなって帰ってきた父親は少しうんざりした様子で、口の中でぶつぶつ言っていた。
 「毎日毎日、くたくただ」
 「ご苦労様、それにしても、まだ見つからないの」
 と母親が用意していたスープを出した。
 「ああ。この季節じゃ、無理というものだ。風の季節の間にみな枯れてしまっているよ」
 「そうよねえ。それでどうするの。もう無理ですって伝えるの?」
 「そうもいかんだろう。金ももらっているし、今さらありませんともいえん。それに、ここまで来たら、見つけないことにはわしの気もおさまらん」
 「じゃあどうするの?」
 「明日、かつての鉱山仲間のいるソロス村へ行って来る。あいつらの中には、山に詳しいやつも結構いるからな。山奥に行けば、まだ残っているのがあるかもしれんし」
 「そうですねえ」
 「そろそろ見つけんと体ももたんからな」
 「そんな山奥に行かなくてもさ、適当にそこら辺の裏山を探しとけばいいじゃねえか。その分金も入るってもんだろう」
 父親は振り返った。次男のクレメートが立っている。
 「そういうわけにはいかん」
 「いいじゃねえか、どうせ帝国から来た人間だぜ、少々だましたってかまわしねえよ」
 「そうではない。わしもこれ以上は体がもたんと言っているのだ」
 「そうですよ、お父様も、そろそろお年なんだし」
 と母親。
 「だからー、裏山あたりですましとけばいいんだよ」
 「そんなことよりおまえ、リフルには何も言ってはおらんだろうな」
 クレメートは内心ぎくりとした。
 「言ってねえよ、言うわけねえじゃねえか」
 「おまえは口が軽いからな。心配しているんだ」
 「心配しなくても、誰にも言ってねえって」
 「おまえを心配しているのではない。リフルのやつを心配しとるんだ。あいつは、妙なことにすぐ首を突っ込む性格をしている。小さい頃からそうだった。ザイオアの町につれていけば、あの町に興味を持つし、船を見れば、船に興味を持つし」
 「あの男にも興味を持つかもしれないって言うのかい」
 「男に興味を持つなとはいわん。が、あの男はだめだ。あれは帝国から来たよそ者だ。それだけではない。何か得体の知れないものを持っている」
 「得体の知れないものねえ」
 クレメートは、なにを想像したのか、くすくすと笑いだした。
 「変わり者の妹にはぴったりなんじゃねえの」
 「冗談でもそのようなことを言うんじゃない!」
 父親が本気になって怒鳴ったので、クレメートは肩をすくめた。

 翌日、父親は、いつものように客とどこかへ出かけるようなことはせず、近くの村へ行くと言って、一人で出ていった。
 リフルは、午前中は家の手伝いをして、昼飯をとった後、村はずれの小高い丘に来た。そしていつものように、遠くに見える卓上山の船を見ていると、そばの道を誰かが歩いてくるのが見えた。遠目に見ても、あの客人であることはわかった。
 リフルは思わず立ち上がり、しばらく迷っていたが、男が丘の麓に来ると、意を決したように声をかけた。
 男は、辺りを見回した後、丘の上の彼女に気づき、道をあがってきた。
 「やあ。君は確かデメスル氏の家のお嬢さんだったね」
 「こんにちわ。私のことを覚えていてくれたんですか」
 「一度あって挨拶を交わした人なら、忘れることはないよ」
 「すごいんですね。どうぞ、お座りになって」
 二人は丘の上に腰を下ろした。
 「ここは、町や船着き場が一望に見渡せるね」
 「私ここが好きなんです」
 「そうなんだ」
 それから、少し沈黙が流れた。リフルは、妙に緊張してきた。
 「あの、お名前はなんて言うんでしょうか」
 「カガミという名前だよ」
 「カガミさんですか…。あの、すてきな名前ですね」
 自分で言いながら少々わざとらしさを感じた。
 カガミは、声を出して笑うと、
 「ありがとう。女性にそういわれたのは初めてだよ」
 と言ったので、リフルは顔を赤くして下を向いた。
 「この星では聞き慣れない名前だろう」
 「あの、帝国からいらっしゃったのですか」
 カガミは少し沈黙した。
 「…ぼくはテレセ・ロッホの臣民ではないよ」
 「じゃあ、どこかの植民国の…?」
 彼はリフルの方を向いた。
 「君は、この星の人には珍しいね」
 「え…? あの、どうしてですか?」
 「この星の人は、多かれ少なかれ、よその人と関わるのをさけたがる傾向にあるからね。特にザイオアを離れるとその傾向は強い」
 「…そうなんです。私は少し変わり者みたいで。父は、私が船や、その、あなたのようなよそから来られた方に興味を持つのをいやがって、町に行くのも止めようとします」
 「そうみたいだね」
 「でも、わたし、いろんなことに興味があるのです。あの船も、どこから来たのか、どんな人が乗っているのか、どうして空を飛んだり、宇宙に出られるのか。宇宙にも行ってみたい。あの船が来る帝国にも行ってみたい。いろんな人にあって見たい…。でも、この星では、少なくともこの村では、それは叶わぬ夢です…」
 リフルはいったん顔を沈め、それからカガミの方を見た。
 「私、やっぱり変ですか?」
 「そんなことはないよ。いろんなことを追い求める、それが人間の本当の姿だ。人間とはそういうものさ。それに最初から叶わぬ夢なんてのはないよ、夢はかなえるものさ」
 リフルは、初めて自分の存在を認めてもらえたようで、うれしさと同時に何かがこみ上げてきた。カガミは続けた。
 「ペネスティンカは、閉鎖的な星だと思う。でも、それはある程度仕方がないことだろう。ここは古い星だ。古い星、古い共同体は、閉鎖的になりがちなものだ。そこに住む人間の向上性が摩耗してしまっているし、古くからの伝統を守ろうとする性質がある。ここもそういうところだよ。なにしろ、この星はかつて…、…いや、そんなことはこの際どうでもいいが…。しかし今はもう、国土の多くが不毛と化してしまった。人は、このザイオア都市域にしか住んでいない」
 「どうしてそうなってしまったんでしょうか」
 「ここは、かつて極端に歴史を進めすぎてしまったんだ。進めすぎても、そこにいる人間がそれに見合うようになってなければ追いつかなくなってしまう。いつの日か、そういう世界はよりおとなしい時代まで後退してしまう。ぼくはいくつもそういう世界を見てきたからわかるんだ。…あの向こうに見える山々。あれが何か知っているかい」
 リフルは、尖塔山塊と呼ばれる遠くに見える細長い山の群を見た。
 「…いえ? 学校では習いませんでしたけど。風で浸食された山…じゃないのですか?」
 「あれは、人間が造った建造物のなれの果てだよ。あそこはかつての古代都市の跡だ」
 「あれが…? あの大きな山の群が?」
 「船着き場の山もそうさ。あれもかつては、人工の建物だった。もう遙かに昔のね」
 「そうだったんですか…。私はなにも知らないんですね」
 「君じゃなくて、君たち皆がね」
 リフルはカガミを見た。
 「あなたは、なぜこの星に来たんですか」
 カガミは少し首を傾けた。
 「兄から聞きました。あなたは、緑華香草を探しに来たのだと。この星ではなんでもないただの薬草です。それを手に入れるのに、父を雇い、それも一日1200ギレルも出すという。決して安い金額ではありません。どうしてですか」
 「ぼくが薬草を高い金で探しているのが変かい」
 「緑華香草はこの季節にはほとんどありません。それをご存じですか」
 「知ってるよ」
 「それでも高いお金を出して手に入れるのですか。来年になれば、またあちこちで生えてきますよ。それまで待てば、ただ同然で手に入りますよ」
 「緊急に必要なんだ」
 「あの草がどうしてそんなに必要なのですか。ただの草ですよ。使えると言っても、怪我したときに塗るくらいです。それならもっといい薬がいくらでもあるでしょう」
 「うーん…、そうだな、ぼくが、植物学者で標本を集めていて、学会に発表する必要があるから、といったら、信じるかい」
 「信じられません。…申し訳ないですけど」
 カガミは笑い出した。
 「なにが可笑しいのですか」
 「ごめんごめん。君は不思議だな。なぜかうそをつく気にはなれない」
 「じゃあ、教えていただけるのですか。本当の理由を」
 カガミは少し困った表情を見せた。
 「説明しても、君に信じてもらえるか自信はないな」
 「説明を聞くまではわかりませんよ」
 カガミはため息を付いて、それから正面を向いた。遠くの景色を見るような目をする。
 「あれは、ぼくにとって大事な薬なんだ」
 「薬…?」
 「不老長寿のね」
 リフルはぽかんとした。カガミはわずかに笑みを浮かべ、
 「信じられないだろう」
 リフルはカッとなった。
 「からかわないでください」
 「からかっちゃいないよ」
 カガミは至極まじめに答える。リフルはなんとなくそれが本当のことだとわかった。
 「まさか。あれが、不老長寿の…」
 「普通の人にはなんの効果もない。しかし、ぼくのような人間には効果があるんだ。どうして効果があるのか。なぜかはわからない。誰が気づいたのかもわからない。ただ…、もしかすると、機構を興した連中は知っていて、ここをその栽培地と考えたとしたら…」
 「栽培地…? あなたは一体…、不老長寿ってまさか…」
 カガミは、口を閉じ、リフルの顔をじっと見つめた。
 「あの、なにか…」
 カガミは苦笑の表情を浮かべ、すぐに真剣な顔つきになった。視線を落とし、
 「ぼくらしくない。どうかしてる。こんな無意味なことを言うなんて」
 そう小さくつぶやき、再度リフルの顔を見て、
 「きみは、少しぼくに関わりすぎたようだな。今の話は忘れた方がいい。君の父親の言うとおりさ。よそ者には近づかないこと。ぼくはちょっと頭のおかしな人間で、ぼくの言ったことは全部嘘。君はからかわれたってことだよ」
 カガミは急によそよそしくそういうと立ち上がった。
 「嘘です。あなたは本当のことを言っている。私にはわかります」
 「…」
 「教えてください。あなたはいったい何者なんです。栽培地ってなんのことです」
 カガミは、少し困った表情で、リフルに背を向けた。
 「待ってください。なにも教えてはくれないのですか。教えてくれなきゃ、私、父にあなたと会ったことを言います。あなたに、その、誘いを受けたって言います。父はきっと怒って、探すのを手伝わなくなるでしょう」
 カガミは立ち止まった。
 「君は、本当に不思議だな」
 「え…?」
 カガミは振り返った。
 「君は、自ら心にもないことを言いながら、それでいて他人の心に入り込んでくる。柔らかい力で。ぼくは大勢の人間と出会ったが、君の様な人は初めてだ。これでも自分を操作する術は得ているんだが。650年の人生で築いた経験の砦はあっけなく壊れるものだな」
 「なんのことです。なにを言っているのですか」
 「君は人を虜にする力がある。気をつけた方がいい。それは使い方次第で君を守りもするが、君を滅ぼすことにもなる」
 「訳の分からない話でごまかさないでください」
 「ごまかしちゃいないさ」
 カガミは、くすっと笑い、
 「いいよ。教えてあげよう。でも、君には危険な話かもしれないな。信じる信じないは自由だ。だが、それに魅せられてはいけない。いいかい」
 リフルはつばを飲み込むとうなずいた。
 
 「ぼくが生まれたのは、650年ほど前の地球という星だ。時間はおおまかで正確ではないけどね」
 「650年前…? じゃ、やっぱり不老長寿の…」
 「そして、この星ペネスティンカは、紛れもなくその地球という星なんだ」
 「え、じゃ、じゃあ、あなたはこの星で生まれたのですか」
 カガミは首を横に振った。
 「いや。ぼくは、確かに地球という星の生まれで、かつてはこの星も地球という名の星だったが、この星の生まれではない」
 「わかりません。ここの生まれなのにここの生まれじゃないって」
 「そうじゃない。ぼくが生まれたのは、887世界の地球だ」
 「887…世界?」
 「そしてここは、397世界だ」
 「…?」
 「ぼくは、ふとしたきっかけで、膨大な世界で構成されている汎世界を知った。そして、故郷を捨て、ある目的のために旅を始めた。長い終わるときのわからない旅だ。今はその途上にある。もしかすると、目的に至らず終わることもあるかもしれないが」
 「わかりません、どういうことですか」
 「世界は一つじゃない。無数の世界が存在するんだ」
 「無数のって、たくさんの星々のことを言っているのですか」
 「そうじゃない。この宇宙のように、ほかにも宇宙があるんだ。同じ空間を構成していても違う歴史が流れている宇宙が。地球はいくつも存在し、場合によっては同じ人も複数存在するんだ。そして、それらを管理する組織もある」
 「いくつもの宇宙…」
 「ぼくの旅は、その管理組織「機構」の原点を探るためにあるんだ。無数の宇宙は最初からあったのか。それとも歴史の中で分岐していったのか。最初はどこだったのか、誰がそのことに気づいたのか、機構を興したのは誰か、そしてなんの目的があるのか…」
 「無数の宇宙…、機構…」
 リフルは、ぶつぶつとつぶやいたが、ぱっと顔を上げ、
 「つまりさっき言っていた397世界って言うのは、私たちのこの宇宙の番号なんですね」
 カガミはうなずいた。
 「あなたは、別の宇宙の、その何とかって星で生まれた」
 カガミは再度うなずく。
 「そして、その何とかって組織のことを調べていて、ずっと旅をしている。知るためには長い時間がかかる。あなたは長く生きる必要がある。だから、不老長寿の草を求めてここに立ち寄った」
 カガミは笑みを浮かべた。
 「君は理解度が早いな。この星の人間とは思えないくらいだ」
 リフルも笑みを浮かべた。
 「その、何とかという組織は、全くわからないんですか」
 「わからない。だが、いくつかの手がかりも持っている。ぼくらのような連中、ワタリビト達の間では、000世界と呼ばれている」
 「000世界…、あなたはワタリビトと呼ばれているのですか」
 「この世界は、別の世界とつながっていることを知る人がほとんどいない。ぼくの生まれた887世界も同様だ。故意に他の世界のことが隠されていたから、たぶん、今もね。しかし、中には、世界同士で交流しているところもある。そういう世界では、ぼくらの様に世界を越えて旅を続けるもの達をそう呼んでいる」
 「あなたは、いくつもの世界を見てきたのですか?」
 カガミはうなずいた。
 「650年間も…」
 「そうさ。ワタリビトは、どういう訳か、不思議な能力を持つ人間が多い。最初からそうだったわけではなく、世界を越えることによる一種の後遺症だろうな。ぼくはなにもしなくても、普通の人より耐性と再生能力が高い。病気になりにくいし、怪我もすぐ治る。ただ寿命ばかりはどうにもね。確かめた訳じゃないけど、ある人にそういわれた」
 「それで緑華香草を…」
 「あの草は、密かに使われている。知っている人は知っている。しかし生育しているところは意外に少ない。この星の他にもいくつかあることはわかっているが、今回はここが一番近かった。不思議と不毛な星の自然が残っている地に育つようだな。あるいは自然に生まれた草ではないのかもしれない。かつてこの星か別の星かを統治した人々が作り出したのかもしれない。それを、ワタリビトの寿命を延ばす効力があることを知った機構が栽培を奨励したか…」
 「その機構、ってどういうものなんですか」
 「詳しいことはわからない。機構による統治機関のはっきりしている世界でも、その中枢に近づくことは出来ない。また管理はするが危機が訪れても助けるわけではない。ほとんどの人は存在も知らないよ」
 「だからそれを探ってるわけですか」
 「世界の原点、000世界にその秘密があると思うんだが」
 「原点、ワタリビト…」
 カガミは、リフルの顔を見つめた。
 「その、ワタリビトになるには、どうすればいいんですか」
 カガミは、目を見開いた。そして顔をしかめた。
 「それは、教えられない。また、言ってもわからないさ」
 「どうしてですか、教えてください。お願いです」
 「さっき言っただろう。魅せられるな、と。君は、今、汎世界に魅せられている。危ないな」
 「どうしても教えてくれないのですか。わたし、いろんな世界を見てみたい。この宇宙も、ほかの宇宙も」
 「だめだ」
 「どうしてですか、おしえてくれないっていうなら…」
 カガミは片手をあげた。
 「君がぼくを脅かすのは自由だが、これだけは言えない。君のために言ってるんだ。ワタリビトは決して幸福にはなれない。君がどうしても聞かないと言うのなら、ぼくはこのままここを去ることにする」
 「そんなことをしたら、あなたは不老長寿の薬を手に入れられなくなってしまうわ」
 「かまわない。ほかにも、手に入れられないわけではないし、もし、手に入れられなくて寿命が尽きようと、それはそれで構わない。ワタリビトになったときから、運命を受け入れる覚悟は出来ている。君のような不思議な人と出会うのもまた運命だ。それに生きる苦しみに比べれば、死ぬことは訳のないことだからな」
 「そんな…」
 カガミは笑みを浮かべた。
 「そう悲しい顔をするものじゃない。君は、優しい人間だ。君の悲しみはぼくの中に入ってきて、ぼくまで悲しくなる。その方がつらいよ」
 「カガミさん…」
 「君は冒険に魅せられている。人生の冒険にだ。ワタリビトになれなくとも、冒険は出来る。この世界は広大だ。君はまだ、この惑星のほんの一部だけしか知らない。果てしなきこの世界を旅するだけでも、君には大きすぎると言うものだよ。でもね、日常の平凡な日々の中にもいろんな冒険はあるものだ。それを知ることは、大変なことなんだ。君は、この日常に新たなものを見つければいい。それに飽きたら、宇宙に出て見てもいいだろう。それでも大変な時を過ごすことがあるかもしれない。忘れないことだ。冒険は、相応の苦労も伴うってことをね」
 カガミはそういうと、リフルの肩に手をおいた。手から何かの思いが伝わってくるような気がして、彼女はなにも言えなくなった。
 「…わかりました。もう、あなたを困らせるような質問はしません」
 カガミはそれを聞くと、肩においた手で優しく頬をさわり、手を離した。
 「数日中に目的のものは見つかるだろう。そしたらぼくはここを離れる。さっきは言わなかったけど、ぼくはすぐにも次の世界へ旅立たなくてはならないんだ。だから、今のうちに手に入れておきたかったんだ。君のお父さんには、いろいろと手伝ってもらって感謝してるよ」
 カガミはそういうと、片手をあげ、丘を下り始めた。

 それから3日して、カガミは、少し離れた山中にある廃坑跡のそばで緑華香草を手に入れた。兄が言うには、その草を干して使うらしいと言うことだったが、兄はなにに使うかは知らなかった。
 カガミはその翌日に、宿にしていた村長の舘を引き払った。父には礼金が多く入り、兄たちはそのことに喜んでいた。
 私は、あの丘に登り、丘の麓の道を彼が来るのを待った。
 彼は、あのときのように荷馬車の荷台に乗っていた。
 彼は私の姿を見つけ、軽く手を挙げた。私も手を振った。
 彼の乗る馬車が遠ざかるとき、彼の口が動いたのが見えた。声は聞こえなかったが、なにを言っているのかはわかった。「ありがとう」という言葉だった。
 その翌日、父は、町へ集電装置を買いに行った。
 私がついて来やしないかと、黙っていたようだったが、私はそれを知っていても、町にゆく気はしなかった。いったん、別れを告げてから、すぐに顔をあわせでもしたら、何となく気まずいだろうと思ったからだが、もっと別の形で、彼とは再会を果たしたかった。
 もっと別の…。
 自分が、まだまだ知らないことを知り、多くの経験をして、一回り大きくなってからだ。
 船は、まもなく飛び立ち、いつもの航路をたどって空のかなたに消えた。
 翌年私は、家族の反対を押し切って、ザイオアに唯一ある大学へと進学した。
 大学で3年間学んだ後、いったん村へ帰り、1年間村の青年会に属していろんな仕事を手伝いながら過ごした。
 あれから4年。
 風の季節が終わり、船が交易のためにやってきた。
 父親はあまり船のことに興味を示さなくなった娘に安心したのか、そのことではとやかく言わなくなったが、代わりに私の婿探しのことでいろいろ忙しくなったようだ。
 2週間ほどして、船が旅立つ日の早朝、まだ朝日の昇る前に、書き置きを残し、私はわずかな手荷物だけを持って家を出た。
 道を行き、朝の市場でにぎわう時間に、ザイオアへ着いた。
 かねてよりザイオアの商人からこっそり手に入れていた乗船券で、私は船に入った。商売のためではなく、見学のためでもなく、乗客として。
 そして、今、船は静かに飛び立ち、空を移動しているのを感じさせない飛行を続け、見たこともない広大な砂漠の一点で制止した。
 眼下には、大きな円形の機械が何重にも見えた。上昇を助ける装置だろう。
 「まもなく、上昇を開始します」
 そういう放送が客室に流れた。
 いよいよ始まるのだ。私の旅が。長くなるかもしれない、予想しない困難が待ち受けているかもしれない、未知にあふれた旅が。
 そして…。
 いつの日か、またあえるかもしれない不思議な人の元へ…。


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