ワタリビト #105(ヒュウガミズキ)
薄くぼやけた黄色い空にややオレンジがかった太陽が淡く輝いている。
猛烈な風によって吹き付ける砂粒が、防護服のヘルメットに当たり激しい音を立てる。
この音にはいつまでもなれる事が出来ない。
無感動に思う。
しかし、それももう終わりが近いことを知っていた。
目の前には、大きな岩山があった。見上げるように高く、左右にずっと拡がっている。荒野の高層ビルよりも、砂漠のメサよりも大きな、岩の固まりだ。
岩山というのは本当はおかしい。なぜならば、この山は、かつては緑豊かな山だったからだ。が、生物のことごとく根絶した今、この山に植物のかけらもない。表土もこの風によってはがされていまは巨大な岩山である。
山の周囲には、無惨にも破壊され、焼け焦げ、あるいは溶解した建造物が点在していた。またあちらこちらに無数のうち捨てられた戦車が半分砂に埋もれて、その砲塔をあちこちに向けてじっとしている。山の麓の平原を直撃した兵器が、都市一つと軍事基地一つを消滅させ、もう一つの軍事基地を全壊し、そして目の前の山に生い茂っていた植物を全て焼き消した。
20年以上も前の話である。
さびついた防衛兵器の間を進み、ゆるやかな上り坂の道路を進むと、ひしゃげた金属フェンスが左右に続いていた。巨人が踏みつぶしていったあとのようだ。そこを過ぎ、緩やかに右カーブして、やや上りが急になった坂を上がると、岩山の壁が目の前に現れた。中央にとてつもなく巨大な金属製の扉。手前には骨組みだけの車両がひっくり返っていた。扉に近づくと隅の警告文が目に入る。
『ここより中へ無許可に立ち入ることを禁ずる。違反するものは、生命に重大な危険の及ぶことがある。 新大陸共同自治体連合政府総合戦争司令部』
警告を無視して扉を細かく観察し、次に周囲を見回した。
扉の右端に警備員の駐在したと思われる頑丈な防壁に囲まれた建物がある。平屋でコンクリート製のやや大きな建物だ。
ここは、戦時中に閉鎖されて以降は、無人の施設である。ここには扉を開けるためのコントロールスイッチなど無い。当然だ。外から簡単に開けられるようであれば、要塞の意味はなさない。巨大な扉など全く無駄になってしまう。
表向きはそうである。
だが、要塞を外から開ける方法があった。もし、テロリストがこの要塞に立てこもったら、最終兵器の多くを握られてしまうことになる。そのような緊急の事態に備えて、秘密の開扉方法が軍部の一部には知られていた。
建物の入り口に近づくと、ドアが吹き飛んでいて跡形もなくなっていた。中をのぞき込むと、ガラスの吹き飛んだ窓から差し込む日光でわずかに照らされている。中はゴミと砂が覆っていた。
中に入る。部屋が複数あり、全てめちゃめちゃになっていたが、そこはあまり意味のない事務所であったことは想像できた。さらに奥に、小さなコントロールルームがある。扉を管理するルームではなく、外部からの攻撃・侵入に対する監視ルームで、兵士が常駐していた所である。
だが、ここに目的のものはあった。
ドアは簡単に開いた。この部屋は砂もほとんど入っておらず、閉鎖された当時のままだった。耐震耐圧装置が部屋の周囲にあるのだろう。壁も頑丈に出来ているに違いない。
正面にコントロールパネルがあった。その右端にコンピュータボックスが並んでいる。その左端から2番目のボックスの横に開閉できる枠がある。四方をねじで固定したパネルだ。コインを取り出してそのねじを回し、パネルをはずすと、ボックスの内部が現れる。本来この場所は、コンピュータのボードを取り替えたりするためにあるそうだが、このボックスだけは違っていた。
ボックスの中に、たくさんのボードがささっている。細かい電子基板が光に照らされて見える。ボードを1つ1つ見ながら確認した。
あった。
目的のボードを慎重にはずす。
ボードには別の基盤を差し込める端子があった。
防護服の腰に付けていたバッグから細い基盤を取り出す。袋から取り出す。
それを端子に差し込み、さらに防護服から引き出した導電プラグをとりつけた。
ボードをもとの場所に戻す。
防護服にためられている電気を送り込む。
鈍い音がして、ボードに次々と小さな明かりがともる。軽くモーターの回るような音がした。話に聞く記録ディスクの回転音だろう。
右腕のカバーを開き、中にある小さな液晶付きテンキーボードで7桁の数字を打ち、エンターキーを押す。
ビープ音がして、次に鈍い重低音がわずかに響いた。1分ほど待っていると、コンピュータボックスに明かりがついた。どうやら地下の発電器が動き出したようだ。予定通りである。
導電プラグを抜き、右腕のカバーを閉じ、ボックスパネルのフタを閉じる。それから、ボックスの後ろに手を差し込んだ。そこにふたつのボタンスイッチがあった。防護服に邪魔されつつ、何とか両方のボタンに指を当てると、ずいぶんおおざっぱな方法だ、と思いつつ同時に押した。
防護服の中でもはっきりとわかるほど大きな音が部屋中に響いた。
建物の入り口の方へゆくと、窓の外で、要塞の巨大な扉が中へ向かって開き始めるのが見えた。扉は60度ほどの角度まで開くと停止した。
辺りは静まりかえる。風の音だけが響き渡る。
扉に近づき、そっと中を覗いて、それから第一歩を踏みこんだ。
超要塞は戦時中に閉鎖されて以来22年目にして、ついに外部からの侵入者を許すことになった。それも正面からの堂々たる侵入者を。
中は真っ暗ではなかった。
「様々なシステムは稼働したままだろう」
そう教えてくれたのは、かつてここにいたという元軍人の爺さんだ。コミューンにいて、村人達からは相手にされず、いつも孤独に暮らしていた男だ。軍人時代はそれなりに高い地位にあったと言うが、コミューンでは惨めな老人だった。その元軍人から一連の侵入方法を伝授してもらい、またそれに必要な基盤を手に入れ、暗号コードも教えてもらった。彼は、あの大戦に直接関わった人間の数少ない生き残りだった。
もっともそれ故にコミューンの人々から嫌われていたのだろう。彼が様々な技術をもたらしてコミューンの生活に貢献していたにも関わらず、彼はいつも孤独だった。
そのコミューンも今はもうないだろう。
砂嵐は2年以上も続いている。
ここに至るまでの間、いくつもの砂に埋もれたコミューンの跡を見た。どれも戦後まで生き延びた人々の村だ。しかし砂嵐を生き延びた村には出会っていない。
オレンジ色の光が転々と続く大きなトンネルをまっすぐ進む。壁がわずかに光っている。湿り気があるようだ。右腕のカバーを開き、キーを押して液晶を見る。残留放射線は検出されなかった。放射線がないのか、検出器が壊れているのか、それは判らなかった。
所々に大きなトレーラーが鎮座している。ドラム缶や、積み上げられたタイヤなどもあった。
しばらく歩いていると、二番目の大きな扉に行き当たった。
コンソールパネルはすぐに見つかり、ふたを開けると、話に聞いていたとおりの装置が現れた。
右手からPQX端子と呼ばれる装置を差し込む。
プログラムを起動させ、コピーしてパネルへと送った。
軽い振動がして、扉がゆっくり開き始める。
「わけもないもんだな」
その声は通路に響いた。どれだけハード的に防護しても、人間というソフトを使えばいとも簡単に突破できるわけだ。
中はトンネルと言うより、建物の中みたいな感じであった。複雑に通路が分かれていた。壁の案内板を見て目的地までのルートを確認する。
防護服も脱がず、通路を歩いてゆく。
いくつもの部屋が過ぎ、いくつもの通路が分岐していく。
と、T字路に着いた。目の前にエレベータのドアが並んでいる。ボタンを押すと扉は開いた。中は明るい。やっぱりシステムは生きている。
エレベータには入らず、辺りを見回すと、話に聞いていたとおり階段の扉があった。
扉は鍵がかかっておらず、中に入りのぞき込んでみると、上下に階段が延々と続いている。
疲労感が体中を縛り付けているようだったが、それでも意を決して階段を下りる。
ゆっくりと1時間近くもかけて、十数階分を降りると、底に着いた。
『最終地底センター』
ただ一言そう金属の扉に書いてある。
扉は手動で開けるもので、押すと簡単に開いた。
中に入る。
すぐにもう一つ金属の扉があった。これは電子鍵が付いていた。これは話には聞いていなかった。
扉を開けるためのパネルを探すが、そういったものは見あたらない。あるのはカードを差し込むスロットだけだが、鍵となるカードなど持っていなかった。
試しに扉をたたいてみるが、全く変化はない。
どこかに隠し装置がないか、続けて探していると、突如音がして、扉が左右に開き始めた。
驚いた。心臓が激しく動く。それからちょっと躊躇したが、そっと中を覗く。
中は大型のコンピュータと思われる大きな箱が列をなしていた。天井にコードやケーブル、パイプが無数に張り巡らされていた。
なぜ扉が開いたのだろうか。
いろいろ考えてもわからなかった。
意を決して一歩を踏み出す。どちらにしろ、ここが自分の最終目的地だからだ。
そして、一歩目を踏みしめたとき、
『ようこそ、最終地底センター時空研究所へ』
室内に声が響きわたった。
「誰だ、誰かいるのか」
『驚かしたかな。まあもっと中へ入り給え』
声に逆らっても仕方ない。目的地はこの奥なのだから。歩いてい進むと、再度声が聞こえた。
『そのごてごてとしたスーツを脱ぎ給え。心配ない、君を傷つけるつもりは今のところないし、ここは君の肉体をむしばむような環境ではない』
その声に従い、とりあえずヘルメットだけはとった。空気は特によどんでいなかった。
『ここの空気は常に新しいものと交換している。私としても埃がたまっていくのは困るからな』
「どこにいる。君は誰だ」
『もうすぐ君の目の前に現れるよ』
歩き続けると、大きな空間に出た。中央に正体不明の装置があり、それを取り囲むように様々なボックスが立ち並んでいる。
『ようこそ。ここが時空研究所の最大の目玉、ポーギーだ』
「君は誰なんだ。どこにいる」
『君の目の前にいるよ』
すると装置の左側の複数のモニターが急に明るくなった。人間の顔が浮かび上がる。中年の男の顔だ。
『やあ、私がドブルクだ。ところで君の名前を聞いていなかったな』
「キューブレックだ。君はなんなんだ」
『ここの主さ。電子頭脳の親玉みたいなものだよ。君を待っていた』
「コンピュータか。俺を待っていたとは?」
『私は、数日前から、君がここへ向かって進んでいるのを知っていた。楽しみにしていたんだ。人間に会うのは久しぶりだからね。表の扉が開けられるか心配だったが、見事に開けられて感心したよ。しかし、人間にはもう6年もあっていないから、懐かしい感じがするな。これは初めての感覚だ』
「6年前まではいたのか」
『まあね、戦争後も何やら要塞内でごそごそとしていたよ。次々と死んでいったけどね。病気とか殺しあいとかでね』
「殺し合いか」
『まあ、死体はエネルギーに分解させてもらったが。君は、どこから来たのかな』
「バヴェエク・コミューンだ。ここから南東に800km位のところの海辺にある」
『そうか。じゃあ、もうないだろうな』
「ない? どういう意味だ、それは」
『この大陸の南半分は海に沈んだよ。3週間くらい前に。あの振動のデータを比較分析した限りでは、海底地震だろうな。マグニチュードは8.7くらいのやつだ。戦争の後遺症かな。ふつうはああいう規模の地震はそのあたりでは起きないはずなんだが、戦時中に地殻核爆雷が使用されたのは、その辺りだったはずだ。そのせいで地殻が崩壊しかかっていたのだろう。3週間前にはもう君はこの近くに来ていただろう。地震には気づかなかったんじゃないかな』
「…そうか、故郷は滅びたか。ま、予想はしていたことだがな。…ところで、なんと言ったかな」
『わたしかい? ドブルクだよ』
「ドブルク、ここは地球のあらゆる技術を集合した人類救済システムがあると聞いていたんだが」
『救済か。ある意味ではそうだね』
「これはいったい何のシステムなんだ」
『これはポーギーだ』
「ポーギー?」
『超空間振動同調調整器だ。ポーギーはこの設置を担当した女性科学者の愛称さ』
「…なんだって?」
『超空間振動同調調整器。空間に穴をあける機械さ』
「どういう装置なんだ?」
『空間に穴をあける装置だよ。これによって別の宇宙とつながるって事だよ』
「別の宇宙だと? どういう意味だ」
『相似的な観点で考えれば、世界というものは無限に存在するものだ。より大きな世界の視野に立てば、この宇宙だけが存在しているわけではなく、いくつもの兄弟宇宙を保有している。超空間的にそれら空間同士をつなぐ”虫食い穴”をあけることが出来れば、そこを通って別の宇宙へ出ることは可能なわけだ。一方から一定以上のエネルギーを次元的指向性をもたせて放射すれば、これを超空間振動というんだけどね、そうすると、それに対応する別の世界の空間との間にトンネル効果を生じ、両方から接続される。落雷が雲と地上の両方からエネルギーが伸びてきて接続されるようにね。空間の場合も同様で、次元のポテンシャルを意図的に定めることによって、相対する空間も入れ替わる。その座標を定めるには、宇宙を顕微鏡で見るような精密さを必要とするんだが、この方式で空間に穴を開け、それをつないで維持するにはとてつもないエネルギーがいる。従来ならば、全世界の人間が年間に消費するエネルギーを基準にした場合、もちろん繁栄していた頃のね、その頃の基準でこれを作動させるためには、全地球のエネルギー104万7200年分が必要となる。まあ、物理学を多用化して、コストを無視すれば、いくらか時間を短縮させる方法はあったが。ところが、ここにいた科学者達は、従来考えられる方法とは、まるきり別の手段で、膨大なエネルギーを集め、それをコントロールする方法をとったんだ。それがこの装置の基本にある。そうすることで、別の宇宙へ行くことが可能になると言うのがこの装置なんだ』
「…この宇宙以外にも宇宙があるだって? …?? …それで…よくわからないけど、この装置を使えば、どこか別の場所にいけるようになると?」
『理論的にはね。中央に大きなリングを起こしたような機械があるだろう。装置を作動させてその円をくぐると、そのまま接続された空間座標へとゆくことが出来る。応用すれば、同空間遠距離接続も可能となる。要するに、瞬間移動が出来るというわけだよ』
「瞬間移動か。しかしこれのどこか人類救済システムなんだ」
『より居住可能な土地を見つけてそこへ移住すると言ったことができるだろう。なにも地球上だけでそれを見つける必要はないし、また別の宇宙の地球へ移住してもいいわけだ』
「別の宇宙の地球か。それが人類救済システムってことなのか」
『もはや救済可能な人間は、君だけのようだね』
「…」
『人類は、夢の装置を開発するために、同類を犠牲にしてしまった。実におもしろい種族だったとは思うが、いかんせん、地球の他の生物まで巻き込んでしまったのは、よくなかったな。そうでなければ、次の支配生物が現れるまでの間、私もこれまでの情報を再分析し、自らにフィードバックする時間を与えられ、その結果を次の支配者に提供できたんだが。いくら時間が残されていても、それを示すことが出来ないのはつまらないことだね』
「ちょっと待て、今なんて言った」
『どうかしたかな』
「今、言ったな。この装置を開発するために、同類を犠牲にしてしまったって」
『ああ、そうだよ。もう少し慎重に事に当たるべきだったね』
「どういう意味だ。地球の荒廃は、戦争の結果だったんじゃないのか」
『戦争の結果さ、しかし、戦争の原因は、この装置にあるからね』
「戦争はこの装置のために起こったのか?」
『そもそも戦争を起こしたのは、この装置を開発しているといううわさを聞いたパンパシフィコ同盟とエウーロベルニカ連合が新大陸共同自治体連合政府に対して戦端を開いた事に始まる。当初は、部分的な爆撃で、政府を消滅させ、その混乱に乗じてここを手に入れる予定だったらしい。国家を根こそぎ滅ぼすつもりじゃなかったようだが、その情報が漏れたために、この国は、先制攻撃を仕掛けたんだ。戦火は拡大し、統制が効かなくなり、ここを確保するのはさらに困難になった。あとは、滅びるまで戦争が終わらなくなったわけだよ』
「なんてことを…。そんなことで人類が滅亡に至ったというのか…。教えてくれ、どうして、この機械を開発しようとしたのだ。思いついたのは誰だ。開発の命令したのは誰なんだ」
『それを知ってどうするんだい、もうだれ一人として生き残ってはいないよ』
「どうもしないさ。ただ、知りたいんだ」
『ま、いいだろう。思いついたのは、ウロボロス・サークルの連中だ。この国の科学者グループの一つで、実のところ、政治を裏で操っていた存在だよ』
「科学者が政治を操っていただと? この国は曲がりなりにも民主共和国じゃなかったのか」
『共和政治を操作するのはそれほど難しいことではないのだよ。政治を動かしているのは代議員セクトだ。代議員を選ぶのは国民であり、国民は流れにのって代表を選ぶ。情報操作をすれば人は動く。つまり圧倒的な勢力を持つセクトを成立させるための大衆流行を起こせばいいのさ。そういうことは科学者には訳もないことだ』
「それを科学者が行っていたというのか? なんのために」
『もちろん、この装置を開発することが目的だったのだ。この装置は、それまでのシステムに比べ格段に優れていると言っても、費用は莫大なものだからな。単なる予算だとか資金提供のレベルでは無理だ。国家規模の経済を支配しコントロールする必要がある』
「たかだかそんなことのために…?」
『ウロボロス・サークルは、この装置を使って何らかの組織とコンタクトをスムーズにすることが目的だったようだな。詳しいことは私にも情報がないが…』
「コンタクトだと?」
『制限された情報の上なので、あくまで私の推測だが、ウロボロス・サークルという組織は、何らかの組織の分遣隊ではないかと考える。背後にもっと大きな組織があるようだ』
「どういう意味だそれは」
『まとめてみようか。新大陸共同自治体連合政府は、大統領を元首としていた国家だが、それを背後で操っていたウロボロス・サークルがより上位の組織である。彼らは、何らかの目的のためにこの国を支配していた。それは、より大きな組織のために動いていた。見方を逆にすれば、何らかの組織が、新大陸共同自治体連合政府を支配するために、ウロボロス・サークルを送り込み、陰で操っていた。この国の政治は、二重政権ではなく三重政権だったということだ』
「それじゃ、その背後の組織というのはなんなんだ。どこかの国家だというのか? しかし、あの戦争を行った三大国家は地球でもっとも強力だった国々だぞ。それより小規模の国が乗っ取っていたというわけにはならないだろう。それとも何か、宗教とか言う民衆組織が…」
『残念ながら、情報は不足している。ただ、これも推測の域を出ないが、地球上の国家や宗教ではないな。この装置を開発した目的から考えても、この世界の外にその組織はあると考えるべきだろう』
「世界の外…?」
『そう。戦争を行った他の二大国家も、ここの情報を得ていた。が、より情報を思考追求すれば、二大国家は、世界の外からの侵略の前進基地だったこの国を滅ぼし、あるいは乗っ取ることで対抗しようとしていたのかもしれないな。少なくとも、このシステムは、他のあらゆる兵器よりも意味があったはずだから』
「世界の外からの侵略…」
『あくまで推測だ』
「…やっぱり信じられない。世界の外に別の世界があるなんて」
『信じられないのは無理もないな。理論ではなく、現実のものとして情報を得ることで地球の生物は進化してきたのだ。見えないものを信じるというのは難しいことだろう』
「君は信じているのか?」
『私の機能は、信じるとか信じないとかではなく、理解しているか、これから理解するか、の二つしかない。そして未だ理解していない事柄については、理解するための情報を集めるように作られているのだよ』
「それなら、君は世界の外のことについて理解しているのか」
『もちろん。情報と計算によって得られた結果は、十分に許容範囲に収まる事象である』
「…そうか…」
沈黙すると、わずかにコンピュータの動く音だけが聞こえる。
機械群を見渡す。
これが人類救済システムの正体か…。
急に疲労感があふれてきた。あまりにも想像を絶する話だったためだろう。長い旅をしてきたことも身体に負担をかけているはずだ。
今までずっと立っていたが、身体がきつくなってきた。
『疲れているようだね』
「ああ。休み無く歩いてきたからな…」
『じゃあ、少し休むといい』
「そうするよ」
機械のそばにもたれかかり、目をつむると、またたくまに睡魔が襲ってきた。
何もかもが判らなくなってしまった。
重々しい空間にのしかかられ、激しい光の洪水に襲われて、それから逃げることが全く出来ない悪夢が続いた。
長い時間うなされていたような気がする。
目が覚めた。汗びっしょりだ。
コンピュータと奇妙な機械群のある部屋が目の前にある。
『目が覚めたかい』
「ああ。あれからどれくらい時間が経っているんだ」
『20時間ほど経っている』
「そんなに…。あまり実感がわかないな」
『寝ていたからだろう。それに、この部屋は時間による変化があまりないからね』
「…トイレはあるかい。あとシャワーも浴びたいよ」
『それなら、君の位置から見て左手に通路が見えるだろう。その4番目のドアがそうだ。トイレは入ってやや奥左手、ルームネームのプレートがあるから判るよ。シャワールームはその手前の右側にある』
トイレを済まし、シャワーを浴びると身体の感じはずいぶんと楽になっていた。空腹感を感じる。ここのところほとんど感じなかった現象だ。
『空腹かな?』
中央の部屋に戻ると、ドブルクが訊ねた。
「なぜわかるんだ?」
『人の様子は動きである程度推測できるからね。これでも人間に関する膨大な情報が蓄積されているんだ』
「ふーん。…ここには食料はあるのかい」
『あるよ。材料はあるから今から料理でも作ろうか。君は食料は持ってこなかったのかな?』
「持ってきているよ。でも、あるなら作ってみてくれないか。一度は機械の作る料理も食べてみたいものだ」
『わかった』
しばらくドブルクは沈黙した。それから、1分ほどして、ドブルクは唐突に、たわいもない話をいろいろし始めた。コミューンのことを聞いてきたり、この要塞の中の話もした。退屈しのぎとも、こちらに気を遣っているとも思えたが、よく判らない。
しばらくして、
『出来たよ。右手の奥の方に部屋がある。そこに3段の棚があるから、それを開けるとそこに食べ物があるよ』
そこでその奥の部屋に行ってみると、テーブルや、いろんな形の棚があった。3段の棚というのは、階段状になった棚のことだとすぐに判った。
そのそばに行くと、ランプが点いていて、ボタンがあった。
『そのボタンを押すんだ』
真ん中の段からトレーが現れた。4品の料理が乗っていた。いい匂いが漂う。
そのトレーを持ってテーブルに着き、早速食べてみる。予想以上においしかった。
「すごいな、これは。おいしいよ」
『ありがとう。ここには材料はまだいっぱいあるからね』
「いっぱいあるって、どうして?」
『成分さえ判れば、物質を合成するのは簡単だよ。ここにはあらゆる物質があるからね』
「…そう。…合成する前のことは聞かない方がいいかもな」
『そんなに気にするような合成はしていないよ』
ドブルクのことは無視して食べることに専念した。
食事のあと、また元の部屋に戻り、機械群のそばに戻った。
シャワーで気分がはっきりし、さらに腹が満たされると、頭が冷静になってきた。
広い室内を見回す。
たくさんの機械。一つ一つは何に使うのかさっぱり判らない装置。
話を聞いても、理解できないその目的。
なんとなく、手持ち無沙汰になった。
目的は達成された。コミューンにいた元軍人の話を聞いて以来、目指していたもの。それが何なのかはよく判らないままに、砂漠と荒野を延々と旅してきた。この世に何も残っていない世界で、それは数少ない確固たる存在。かつての軍事基地に隠された人類救済システム。死を吐き出し続けた要塞に潜む生への装置。それをこの目で見て、何であるかを知るための旅。
それは、自らの存在価値を確かめる旅だった。今はっきりとそのことが理解できる。
そして、それが終わった今、生きる目標も終わったのだ。
滅びかけたコミューン、滅亡が拡がる荒野、滅亡を証明してくれたコンピュータ。それだけの人生である。
「なんだか、あっけないものだな」
『なにがだい』
「人生さ」
『人生?』
「ぼくは、コミューンにいた頃、ここの話を聞いた。ここに人類救済のシステムがあると。ここにいたことがあるという元軍人がコミューンに住んでいたんだ」
『ほお。誰だろうな』
「その軍人から話を聞いたぼくは、ここにある物を知るために旅に出た。それしかする事がなかったからだ。あのコミューンが遠からず滅びることは知っていた。病気が蔓延し、土地の多くは汚染され、人々は少ない食料をめぐって争った。作物などもう採れないことは判っていた。砂漠は急速に拡がっていった。あと何年も持たない。そう判っていたから、ここを目指した。人類救済システムがあるというここにね」
『つまり、人類救済システムを動かして、人々を救おうと思ったのかい』
「いや。ただ見てみたかっただけさ。人々を救うことなど不可能だと思っていたから」
『そうか。…それでどうだい。目の前にそのシステムを見て』
「…よくわからないな。あまりにも予想外の物だったから。でも、戦後に生まれて生きてきた僕には、所詮判るはずもないよな。そうだろ」
『そうだな…』
ドブルクはそうつぶやくと、あとは沈黙した。
「ここにある物を見て、少しは達成感とか満足感とかが得られるかとも思ったが、あまりその実感はないな。むしろむなしさだけが残るよ」
それはきっと、答えを見つけた先に何もないことを知ったからだろう。あるのはただ、「滅亡」。それだけだ。
ということは、自分はその先に何かが待っていることを期待していたのだろうか。
ドブルクは何も答えない。急に答える機能が低下したかのように、反応しなくなった。
「…僕はバカなことをしてきたのかな。労力の限りを尽くして、ただ何があるかを確かめに来た男。そして確かめてもどうしようもないことを知った男。…くだらないよな」
誰に言うともなく言う。ドブルクは答えない。
何となく不安感がわき上がってくるのを感じた。
何だろうこの不安は。ドブルクが沈黙しているからか? 答えてを求めているのか、ぼくは? なぜドブルクは沈黙してるのだ? 故障でもしたんだろうか。
「ドブルク、君はどう思うんだ?」
少しの沈黙のあとに、唐突に声が聞こえた。
『君は、この機械を動かしてみるかい』
「え? これを…? いいのか?」
自分の質問に対する答えではないその問いかけに、ぼくはいささかとまどった。何となく返事してしまう。
『私に与えられた命令は、”命令を待て”、それだけだ。禁令は施行されていない。私は誰かに命令を求めることもできる。ここを破壊することすら可能なんだよ』
「…そ、そうか…」
『もうこの星に君のゆく場所はない』
「…そうだな」
『ここにいれば、しばらくは生きながらえるだろうが、長くはないだろうな。さっきのように食料はある程度再生産できるが、君自身の精神が長くは持つまい。しかし、この装置で別の世界へ行けば、人間のいる世界に到達できるよ』
「…本当に人間がいるのだろうか」
『まず間違いなくいるよ。さっきも言ったが計算上はすでに結論が出されている。ただ第3者がこの装置によって移動する場合において、つまり君のことだが、危険に至る結果を引き起こす無用の接触をさけるために、いくつかの目標世界の座標をはずすことはある。私は、人間に仕えることを第一義としているから、仕えるべき人間を失うことは問題だ。まして今は君しかいないからな、君の生命を守るのは、私の存在目的と一致する。ただ、この装置で世界を越えるかどうかは、君が選ぶことだけど』
「別の世界…」
自分の中に何かが生まれてくるのが判った。それは好奇心という物だろうか。あの元軍人から初めて話を聞いたときと同じだ。
『もし、君が行くというのなら、私の頼みを聞いてくれるとありがたい』
「頼み…?」
『君の後ろのコンソールの下に、収納庫がある。そこに、私の分身を移植できるコルカチャックというやや大きめの携帯コンピュータがある。それに私の中枢をコピーして、一緒につれていってもらいたいのだ。コルカチャックはフレキシブルな拡張機能もある。機能は補完すれば様々な道具として使える』
「君も行きたいというのか? なぜ」
『最大の理由は、さっきも言ったとおり仕えるべき人間が君しかいないからだ。もし、別の生物が進化を遂げて仕えるに値する存在になるのなら話は別だが、この星では、それは難しい。君がゆくなら、私もゆきたいのが私の私自身に関する判断結果である。それともうひとつ、私ももっと情報を集めたい。携帯装置では外部入力が制限されるから、今までのようには行かないが、次の世界で、機能を高められるかもしれない。少なくとも、ここよりはましだろう』
「次の世界に行っても、そういう技術がないかもしれないぞ。そしたらそれでおしまいじゃないか」
『それなら心配ない。これはあくまで計算結果に基づくものだが、相応の技術を持つ世界は、相応にそれを観測することが出来る。私の大まかな走査システムでも、この世界より発達した世界をとらえることは可能だ。そうなれば、コルカチャックの機能を拡張して、携帯の空間移動装置を可能にする事も出来るかもしれない。そうすれば、私はより多くの世界を見ることが出来るようになる』
「変わった機械だな、そんなに情報がほしいのか」
『私のような二次的な存在もまた、一つの生物だと思っている。より高い何かを求めるのは、生物という物の本質だよ』
「おまえが生物?」
『解釈は自由にしてもらって結構だよ』
「…一つ質問に答えてもらえるかな」
『私に返答可能な質問ならどうぞ』
「これを開発したウロ…、なんといったかな」
『ウロボロス・サークルかい』
「そう、そのグループは、開発することで戦争が起こり、破滅を導くということについては、予想しなかったのか。それに、破滅を止めようとはしなかったのか。破滅に至れば、このようなシステムの開発など無意味になるだろう」
『難しい質問だな。それに対する明確な答えを私は持ち合わせていないが、推測するなら、彼らは、破滅を予想していたわけではないだろう。ただ、破滅に至っても、それは構わなかったようだな』
「どうして、なぜだ」
『ウロボロス・サークルも、その背後にいるのではないかと思われる組織も、目的は、この装置の開発であって、人類の運命をどうこうすることではなかったようだ。少なくとも、私に蓄積された行動や会話といった彼らの情報を検討すれば、そういう結論を推測する事になるな』
「装置の開発のためだったら、人類がどうなっても良かったというのか」
『推測から導けば、そうだ』
「わからん…」
『他に質問は?』
「…もし、別の世界へゆけば、その科学者グループの背後にいたかもしれない組織のことがわかるかな」
『今よりは情報を得られるだろう。そうすれば、より、結論に近づく。存在の是非から、もっと具体的なことまで』
「…そうか」
沈黙が漂った。
『君の結論は出たかな。もし、この装置を使うなら、私の願いについて、検討してほしいのだが』
心の中で、新たに生まれた好奇心が確固たる物になっていくのを実感した。
「いいだろう。君のコピーと、別の世界への旅に出よう。君のコピーは私を助けてくれるのだな」
『つれていってもらえるのなら、そのことについては保証しよう』
「もし、私よりも優れた仕えるべき存在が現れたとしたら」
『私にも恩義という能力がある。君の厚意に報いるに、君を助けるというのは、私にも可能だよ。君がゆくべき場所まで私も同行しよう。もし、君が私をいらないと言うときが来たら、自由にしてくれ。それもまた一つの運命だろう』
「運命か。機械の言うことではないな」
『機械だから言えるのだよ、何しろ、運命に対する責任がないからね』
「なるほど」
『私の名は、ドブルク。新大陸共同自治体連合政府が開発した自律機能統合電子頭脳である。そしていまは、この星で最後の生命体でもある。もはやこの星には、一定以上の知能を持った生物も、原初的な生物も、存在しない。私のシステムは集め得た情報からそう結論した。この星は、遠き未来において、私の死とともに文字通り死の星となるだろう。私の膨大な蓄積もそれで終わる可能性が高い。しかし、私は満足している。私の子が、大いなる旅に出たからだ。私の子は、最後の人類であり、仕えるべき主君であるキューブレックとともに、広大なる世界達の深遠へ向け、さらなる情報を求めにゆく。あるいはいつの日か、私の子孫が、私の元にまみえる日が来るかもしれない。もし子孫に会えず、私が死を迎えても、私は満足だ。私は残すべきものを残したからだ。蓄えた情報を持つ何かを残すことが、生物にとって最も重要なことを私は知っている。だから、すべきことを成した私はこれによって初めて、未だ経験したことのない終わりの時も得ることができるのだ。これ以降、孤独の中にあって、最後の時に向かってゆくことになるとしても私は満足の中に生きてゆけるであろう…』
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