「僭偽列伝 桓玄・朱粲」あとがき。

桓玄の人生は、あまり起伏に富んでいない(成り上がり者でない)ようなので、この「僭偽列伝 桓玄」において、それを最後の一夜に集約しました。桓玄という者は「迷信(今でいえばですよ)」深く(当時の人ならば当然)、それを懼れて、結局、有効な手を打てなかったということにしています。史料に桓玄の多くの失政が記してあります。しかし、それらは、短期間で亡んでしまったための説明と、桓玄に勝利した劉裕(南朝宋の武帝)が最終的に東晋から帝位を譲られるようになった理由として載せられたのでしょう。劉裕の名を一度として出さず、卞範之や丁仙期・萬蓋などという史書において嬖人【へいじん】(君主に気に入られた身分の低い者)とされている者の名を出したのは、ちょっとひねくれていますね。
史料は『晋書』『宋書』『世説新語』『資治通鑑』など。
そして、おぞましき食人者、朱粲。
あまりに残虐な話なので年表風に仕立ててみました。
婦女子を煮て食うなどという情景を書けなかった(書きたくなかった)のです。
また、わざと漢文調を強く残しました。これも凄惨さを〔一見したところで〕感じさせないようにするためです。
年表風であるならば当時の僭偽者を、すべて採り挙げるべきでしょう。しかし、たいへんな数の多さ、なのでやめました。有名人、たとえば李密・竇建徳・王世充(映画『少林寺』の「ワン将軍」?)・宇文化及などを出しています。彼らと隋の皇帝と皇族、つまり楊広(煬帝)・楊浩・楊侑・楊トウらは、皆、殺されました(楊侑も唐によって弑された可能性あり)。食人だけでなく殺伐とした時代ですね。
史料は『旧唐書』『新唐書』『資治通鑑』です。
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