大金国滅亡の注記(あるいは言い訳)

中国史上、戦死した皇帝は、いないのでしょうか。だいたい捕まって処刑されたり、捕虜生活を送ったりました。完顔承麟の場合は、ほとんど戦死でしょう。
カタカナで表記した女真語は、かなりいいかげんです。藤堂明保『漢和大辞典』から漢語近古音を調べ(発音記号の難解さから、正確なところ、わからない……)、“満州語辞典”から近似した発音の単語を取り出しました。単語のない場合、漢語近古音を簡単にして機械的に表記しました。ただしモンゴル語・トルコ語などの単語(の発音)を、〔一応〕考慮しています。
完顔承麟の女真名は『金史』に出てきません。ただ『汝南遺事』巻3・九月甲子に「小字呼敦」とあるだけ。しかし使用した『汝南遺事』が《文淵閣四庫全書》版であるため、“呼敦”は文字の改変を受けています。同じ《文淵閣四庫全書》所収の『欽定金史語解(欽定遼金元史国語解)』巻12に「呼敦、速也。巻一百二十作忽都」とあったことから、この“忽都”を採用しました。ただし『金史』「国語解」において忽都は“速”でなく“福”とあります。
忽都の発音を以前フトゥルとしていました。しかし、私の他の文章で、口蓋摩擦音を、すべて日本語の“ハ行”でなく“カ行”にしています。また、“オ”と“ウ”の発音の違いは微妙――文字に違いのない言語もありますし、その中間という発音(中国語・ドイツ語など)も――なので、“トゥ”を日本語として簡単な“ト”にしました。、これからの「大金国滅亡」の版において、主人公の名をクトルに換えることにします。
クトルは『言語学辞典』から採用されています。満州語でクトゥリ。この場合のクは口蓋摩擦音です。口蓋垂摩擦音は、ふつう、ラテン(ローマ)文字によって“kh”とか“x”などで表現されます。khuやxuは、日本語で“フ”“ク”“ホ”に聴こえるでしょう。クシャク・クリブなども同じです。また胡土を同じクトル――前まで別――としました。
ワンギヤは『満洲実録』から採用しました。完顔をワンヤンと発音する根拠を発見できなかったからです。ただし、現代中国語の普通話でのローマ字綴りを日本語的に発音するならば話はべつです。
満州語で金はアイシン。それをアルチュンとしたのは田村実造「大金得勝陀頌の研究」(『中国征服王朝の研究』中・東洋史研究会・1971)に拠ります。
会話のほとんどは創作です。
宋の司令官、孟璞玉の璞玉は字。名はキョウ[王・共]。この孟将軍の攻撃は『後村先生大全集』巻143神道碑「孟少保」と『宋史』巻412の伝から取りました。
モンゴルの司令官、塔察児の伝は『元史』巻119博爾忽の伝にあります。
これは書きませんでしたけど、承麟は令史(書をつかさどる)の出身。行従(ならぶとき?)が第七であったので俗に七令史と呼ばれたといいます(『汝南遺事』巻3)。
承麟即位の場面は、ほとんど創作。また、即位に際し、年号を天興から盛昌と改めた可能性もあります(『大漢和辞典』『元号はやわかり』など。『玉海』の巻13律暦改元に「盛昌、金国」。年代不明)。しかし、その改元を他の資料において確認できませんでした。
承麟即位のとき、誰がそこにいたのか、わかりません。しかし寧甲速と承麟・蔡八児・温敦七十五・僕散辞不失は、まちがいなくいたでしょう(『大金国史』巻26)。
符璽を『大金受命万世之宝』としたのは『宋史』や『元史』に載っていなかったからです(つまり略奪品リストの中に入っていない)。有名な伝国宝(伝国璽)はモンゴル軍によって持ち出されていたと考えられます(『輟耕録』巻26・『元史』巻18成宗1至元三十一年四月壬午ほか巻119・巻173)。宋軍の取り分は『宋史』巻154輿服6亡金国宝に載せてあります。ただし、宋の皇帝に報告・披露したのは京湖制置使の史嵩之という者でした。孟将軍の身分は低かったのでしょうか。
肖乃台を、どう発音するのか、まったくわかりません。“元帥”号は適当です。
捕えられた二校(二人の将校)は不明です。
兀林答(『宋史』では兀陵達)の名は記されていません。以前、適当に女真人の名を入れました(『金史人名索引』)。変なので止めます。
苫徹抜都児(苫徹の発音不明)の殺したのは誰だかわかりません。
小刀で額に傷をつけるのは女真族の古い習慣だったらしい(『大金国史』『虜廷事実』。匈奴や突厥に同様の習慣あり)。したがって承麟が知っていたかどうか……。肘を揺らす拝も同様です(『金史』巻35・『三朝北盟会編』巻3)。
『哀』と諡【おくりな】するという発言は承麟唯一のことばです(『大金国史』巻26)。
「血をしたたらせて戦った……」の文章は『陵川集』巻35墓碑銘・許鄭総管趙侯述先碑銘から採りました。
「かれはみたび黒旗を揚げ……」の文章は承麟の先祖である劾里鉢の話です(『金史』巻1世紀)。
他に、完顔絳山とモンゴル兵との会話、捕虜になった張天綱と宋皇帝(南宋の理宗)との会話など、おもしろいものがあります。しかし、割愛しました。承麟と関係ないからです。
以前、登場人物の名前をカタカナ表記にしていました。いくつかの漢字を表記できなかったことや、読み易くするためと、女真族と漢族の違いを表したかったからです。おもしろかったので、つい、やってみました。しかし、かえって読みにくいようなので、やはり、漢人は漢字を、そのまま当てはめ、日本語音で表記することにします。
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